マンション「独裁」理事長はなぜ34年も君臨できたのか? 住民との長い闘いと法改正の動き

まるで人気テレビドラマのような展開が現実に起きた。約1200日にも及ぶ住民たちの苦闘の末、30年近く続いたマンション理事会の「独裁」がついに終焉を迎えたのだ。「渋谷の北朝鮮」と呼ばれた秀和幡ヶ谷レジデンスを舞台にしたこの実話は、ノンフィクションライター栗田シメイ氏の著書『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』としてまとめられ、大きな反響を呼んでいる。栗田氏が取材を通じて明らかにした知られざる内幕、そしてこの問題が示唆する現代社会の課題に迫る。この「マンション 理事会 問題」は、多くの住民にとって他人事ではない可能性がある。

幡ヶ谷「独裁マンション」の異常なルール

物語の発端は、秀和幡ヶ谷レジデンスに関する「FRIDAY2020年8月14日号」の記事だった。住民から寄せられたのは、常識では考えられない数々の「謎ルール」に関する証言だ。理事長と管理人の独善的な姿勢が生んだこれらのルールは、住民たちの日常生活を著しく制約していた。

具体的には以下のような問題が報告されている。

  • 身内や知人の宿泊に際し、転入出費用として1万円を請求される。
  • 平日17時以降や土日には、介護事業者やベビーシッターの出入りが制限される。
  • 夜間、心臓の痛みを覚え救急車を呼んだものの、管理室と連絡が取れず救急隊が速やかに入室できなかった事例。
  • Uber Eatsなどの配達員の入館を拒否される。
  • 購入した部屋を賃貸に出そうとした際、「外国人や高齢者には貸すな」といった管理組合からの不合理な条件提示があった(理事会側は後に否定)。
  • マンション購入時に管理組合による面接が実施された。
  • 引越しの荷物までチェックされる。

これらの「悪評」はすぐに高い確度で確認されたが、理事会側は「過半数の委任状に基づき規約を作っている」と主張。法的に問題となるのは一部に限られるため、客観的な裏付け取材を進める上での困難も伴った。住民の感情的な訴えに対し、事実に基づいた検証が不可欠だったのだ。

白子リゾートマンションとの奇妙な繋がり

住民たちの証言を客観的に評価し、問題の本質を理解する上で重要な手がかりとなったのが、千葉県白子町にあるリゾートマンション「ダイアパレス白子第2」の存在だった。なぜ、遠く離れた白子のマンションが幡ヶ谷の問題と繋がるのか。それは、秀和幡ヶ谷レジデンスで約25年もの長きにわたり実権を握った吉野理事長が、白子のマンションでも同様に長期政権を築いていたからである。

白子のマンションの状況は、幡ヶ谷に劣らず、いやそれ以上に深刻だったと言える。特に、明確な建物の瑕疵や老朽化が進んでいるにもかかわらず、住民と管理組合の公式な対話の場である定例総会が、吉野理事長の就任以降、実に23年間も開催されていなかったのだ。警察や弁護士の介入を経てようやく開催された総会では、激しい議論が交わされ、一部で混乱が生じる騒ぎとなった。

また、修繕積立金が何に使われたか不明確な点も大きな問題だった。住民側が収支報告書の開示を求めても理事会はこれを拒否。ダイアパレス白子第2は、共有部分のコンクリートや建物の劣化が著しく、明らかな管理不足が露呈していた。リゾートマンションという特性上、区分所有者が集まりにくい側面はあるが、住民が何度も総会開催を強く求めたにもかかわらず、理事長は「過半数の住民の委任状を得ている」と聞く耳を持たなかったという。幡ヶ谷にはまだ総会という意見表明の場があったが、白子ではそれすらなく、区分所有者が当然知るべき情報や権利が与えられていなかった。

ダイアパレス白子第2(千葉県)の外観。住民が訴えた管理組合の不備や建物の老朽化が見られるダイアパレス白子第2(千葉県)の外観。住民が訴えた管理組合の不備や建物の老朽化が見られる

こうした状況に対し、白子でも一部の住民が立ち上がり、住民運動が開始された。いくつもの紛争を経て、帳簿閲覧などを求める訴訟にも発展していった。後に秀和幡ヶ谷レジデンスの「政権交代」を成功させたメンバーの一人は、白子で戦う住民たちの姿を見て勇気をもらったと明かしている。「客観的に見て、白子は秀和幡ヶ谷よりもひどい状態でした。対話の場すら与えられず、まさに独裁でした。白子で立ち上がった住民がいたことで、私たちも戦う勇気をもらえた。幡ヶ谷が健全化に成功したのは白子のおかげなんです」と語っている。

住民の長い闘い、ついに「独裁」が終焉

白子の住民運動が続くなか、秀和幡ヶ谷レジデンスでは2021年11月、理事会が交代し、「独裁」は終焉を迎えた。一方、白子では理事長と住民の対立が泥沼の訴訟へと発展していた。管理費や修繕積立金の支払いを拒否する住民も現れるなど、事態は深刻化していた。

そして、2024年4月30日、千葉地裁は吉野理事長の職務を第三者の弁護士が一時代行するという決定を下した。裁判所は、吉野氏が「任期満了後も規約の規定に基づき引き続き理事長の職務を行う者」として行動していた期間中に、総会が招集・開催されず、事業・決算の報告や役員選任決議もなされなかった点を指摘。これは区分所有法および規約に違反する重大な事実であり、理事長職務執行者としての職務を著しく怠っていると認定したのだ。

こうして、二つのマンションを舞台にした理事長の長期にわたる「独裁」は、住民たちの粘り強い闘争と法的な介入によって終わりを迎えた。吉野氏が理事長として過ごした時間は、合わせて実に34年にも及んだ。今後は、できるだけ早い総会開催を目指し、マンションの正常な管理運営を取り戻す作業が進められることになる。

白子のマンションを巡る係争の原告女性は、インタビューで何度も「私たちは普通の暮らしがしたいだけなんです。ここまで来るのに本当に長かった」と繰り返した。彼女の言葉は、多くのマンション住民が抱える共通の願いを代弁している。

教訓と今後の展望

マンション管理に関する法律は、長年その不備や課題が指摘されており、ようやく国会レベルで法改正の動きが活発化している。白子や秀和幡ヶ谷で起きたような事例は、決して特異なケースではなく、日本の多くのマンションで起こり得る問題であることを示唆している。

無関心や他人事といった姿勢が、一度崩壊したコミュニティの自治を取り戻すことをいかに困難にするか。二つのマンションにおける住民運動は、その厳しい現実を浮き彫りにした。今回の事例は、マンションという共同生活における住民の積極的な関与と、管理組合の透明性、そして法的整備の重要性を改めて教えてくれる。

参考文献