世界的に注目される「静かな退職」(Quiet Quitting)は、会社を辞めず最低限の業務のみを行う働き方です。昇進意欲は低く、必要以上の努力は避けるスタイルと言えます。この働き方は欧米で「標準的」とされる一方、日本では異なる捉えられ方をします。本稿では、欧米と日本の「静かな退職」を巡る状況と、その根底にある働き方の違いを、データと歴史的事例から探ります。
欧米の労働者の「静かな退職」に対する認識
欧米の調査会社ギャラップが2022年から2023年にかけて実施した「2023年版グローバル職場環境調査」によると、世界の労働者の平均59%が「静かな退職者」に該当するとされています。しかし、著者(海老原嗣生氏)は、欧米に限ればこの数字は「ずいぶん低い」と感じています。実際には欧米の7〜8割の労働者が、昇進にこだわらず最低限の業務をこなす働き方をしており、彼らはそれを「手抜き」や「不埒」ではなく「真っ当な働き方」だと認識しているため、調査結果が低く出たのではないかと推測しています。
欧米や日本で広がる「静かな退職」トレンドに関するイメージ画像
歴史的背景に見る労働文化の違い:リバプール工場の事例
欧米と日本の働き方の違いは、歴史や社会システムに深く根差していると考えられます。例えば、19世紀末から20世紀初頭の英国リバプール工場の記録は、当時の労働規律に対する考え方の厳しさを示しています。当時、遅刻や欠勤が常態化し、毎日1600人を下らない遅刻者、従業員の10%が欠勤という状況でした。これに対し工場側は非常に厳しい規律を適用。月に遅刻6回または理由なき欠勤3回で口頭警告、繰り返し違反すれば文書警告、それでもダメなら解雇という段階的な罰則を設けました。この処置により、実際に5カ月間で5.3%の従業員が解雇されています。これは現代の欧米における「最低限の業務」という考え方との対比において、労働規範の歴史的な変遷と文化的な違いを考える上で興味深い事例です。
ギャラップの調査データ、著者の見解、そして歴史的なリバプール工場の事例は、欧米と日本で「仕事へのコミットメント」や「静かな退職」に対する認識が大きく異なる可能性を示唆しています。この違いは、単なる現代のトレンドではなく、それぞれの社会が持つ労働文化や雇用慣行に深く根差していると言えるでしょう。
参照文献:
海老原嗣生『静かな退職という働き方』(PHP研究所)
Gallup「2023 State of the Global Workplace」