日本人が一生のうちにがんと診断される確率は、男性が62.1%、女性48.9%(2020年データ)。計算上、約2人に1人は生涯で一度、何らかのがんに罹患すると考えられています。がんは決して珍しい病気ではなくなりましたが、いざ自分自身や大切な人ががんと診断されると、様々な悩みや不安に直面するのは当然のことです。では、がんと診断された時、私たちはどのように現実を受け止め、後悔のない治療選択や、質の高い生活を送るための道を見つけられるのでしょうか。ここでは、がん専門医である佐藤典宏医師の知見を基に、がん診断後の心との向き合い方を探ります。
日本において、がん診断を受けた患者とそれを支える手(日本人の約2人に1人が罹患する時代)
がん診断後によくある「早期発見できなかった」後悔
がん患者さんが外来でよく口にするのは、「なぜもっと早く自分のがんに気づけなかったのだろう」という後悔の念です。特に進行がんを告知された患者さんのほぼ全員が、「あの時、病院に行っていれば」「もっと早く気づいていれば」といった気持ちを吐露されます。このような気持ちになるのは自然なことですが、後悔の念に囚われたまま治療に臨むことは避けたいと佐藤医師は指摘します。「がんは早く見つかったほうがいい」という考えは確かですが、仮に数カ月や1年早く発見されていたとしても、必ずしも予後(治療の経過や見通し)が大きく改善していたという保証はないのです。
がんの進行速度に関する科学的視点
がんには進行が早いタイプも遅いタイプもありますが、一般的には比較的ゆっくりと進行するとされています。ある研究では、遺伝子変異を使ったモデル計算により、がん細胞が発生し、前がん病変を経て、検査で発見される「がん(かたまり)」になるまでにおよそ12年かかると算出されました。さらに、最初に発生した部位に留まっていたがんが、周囲の組織やリンパ管、血管に広がるまでに7年、遠くの臓器などに転移し、最終的に死に至るまでに3年かかるという試算も示されています。このデータは、がんがある程度の時間をかけて進行する病気であることを示唆しており、「もう少し早く気づけていれば劇的に結果が変わったはずだ」という後悔が、科学的に見て必ずしも当てはまらないケースがあることを理解する助けとなります。
後悔を乗り越え、前向きな治療選択へ
がんと診断された現実を受け止める過程で後悔の念が生じるのは避けがたいかもしれません。しかし、過去を悔やむことにエネルギーを費やすよりも、現在の状況を正確に理解し、これからどのような治療選択を行い、残りの人生をどのように自分らしく生きるか、質の高い生活を送るかという未来に焦点を当てることの方がはるかに重要です。がんの進行に関する科学的な知見は、必要以上に過去を悔やまないための冷静な視点を与えてくれます。重要なのは、専門医と十分に話し合い、納得のいく治療方針を見つけ、病気と向き合いながら前向きに日々を送るためのセルフケアに取り組むことです。
参考資料
- 佐藤典宏 著『がん専門医が伝えたい がん患者が自分らしく生きるためのセルフケア大全』(東洋経済新報社)