「教員が声かけを工夫することで、荒れかけている学級でも3日もあれば雰囲気は大きく変わります」。そう話すのは、公立小学校で約20年間教員を務め、現在はベネッセ教育総合研究所教育イノベーションセンターで主席研究員を務める庄子寛之氏だ。教員時代、荒れた学級を数多く担当した庄子氏は、コーチングや心理学を学び、子どもたちの主体性を引き出す指導法を模索した。特に重要視するのは、教員と児童の関係性を「縦」から「横」へと捉え直すこと。この視点が、学級経営における声かけの極意だという。
教室で児童たちと交流する教員のイメージ画像(学級経営の声かけに関連)
過去の指導法とその限界
庄子氏が新任だった約20年前は、「厳しく叱ることのできる教師」がよい教師だと言われていた時代だった。当時は、動物の調教のように上下関係をしっかりと作るやり方が教育にも有効だと考える教員が少なくなかったという。庄子氏自身も、若かったこともあり、子どもたちになめられないように上下関係を明確にし、厳しい態度で接することが求められると考えていた。
しかし、経験を積み、落ち着きのない学級の担任を任される機会が増えるにつれて、庄子氏は自身の指導方法に疑問を抱くようになる。「強く叱れば叱るほど、子どもたちの反発も強くなった」という経験から、従来のやり方では限界があることを痛感した。
「横の関係」への転換と学び
自身の指導に行き詰まりを感じた庄子氏は、教員以外の知見を取り入れようと、校外の研修に参加してコーチングやアンガーマネジメントを学んだ。さらに、教員の仕事を続けながら大学院に通い、教育心理学を深く学んだ。
これらの学びの過程で、大声で指導をする、怖そうな表情や態度で接するといったそれまでの指導方法には限界があり、子どもたちの主体性を引き出すことにつながらないことに気づいた。この気づきが、指導方法を見直す大きなきっかけとなった。最も大きな変化は、子どもたちとの関係性を、教員と児童という立場が上の者と下の者という「縦の関係」から、人間同士の対等な「横の関係」として捉え直したことだった。
指示を減らし「認める声かけ」を増やす具体策
「横の関係」を実践する上で、庄子氏がまず取り組んだのは、「声を荒らげない」「必要以上に言葉を発しない」ことだ。例えば、朝の会が始まる際に教室内が騒がしい場合でも、すぐに指示を出すのではなく、根気よく笑顔で待ち続ける。子どもたちが自ら静かになったら、「先生は何も言っていないのに、今日は1分半で静かになってすばらしいね」のように、具体的な事実を捉えて肯定的に伝える声かけをする。
このように、子どもたちへの指示を減らし、代わりに子どもたちの行動をよく観察して良いところや事実を「認める」声かけを増やすように意識した。やるべきことは黒板に書いたり、デジタルツールで送信したりするなど、“見ればわかる”工夫を凝らした。また、毎回の授業の流れを固定し、いつ何をすべきかを子どもたちが自律的に判断できる仕組みを作ることで、“指示の言葉”自体を減らしていくことが可能になった。
「認める」と「褒める」の違い
庄子氏の言う「認める」とは、「良い事実をそのまま伝える」ことを意味する。これは「褒める」とはニュアンスが異なるという。庄子氏の考えでは、「褒める」とは立場が上の人が下の人に対して行う行為であり、「望ましい行動だから続けてほしい」という期待やコントロールの意図が伴いやすい。一方、「認める」は、子どもの良い行動を目にして純粋に「すごいな」「嬉しいな」と思う気持ちを素直に伝える行為だ。大切なのは、教員自身が心の底から感じたことを伝える真摯さであり、同じ言葉でも心がこもっているかどうかで、子どもたちの受け止め方は大きく変わってくる。良い学級をつくるため、といった意図が先行すると、それは真の意味で「認める」ことにはならない。
子どもの良い行動に気づく「目」を持つ
子どもの行動を注意深く観察すると、教員が特に指示していなくても、良い行動をとっていることが多いという。例えば、何も言われなくても担任の給食を準備してくれたり、問題行動を起こしがちな子についても「この子にはこんな良いところがあるんだよ」と教えてくれたりすることがある。こうした子どもの純粋な気持ちに基づく行動を目の当たりにすると、人として素直に「すごいね」「ありがとう」という気持ちが湧いてくるものだ。教員がこのような「良い行動を見ようとする目」を持つことができれば、気づいた良い事実をそのまま子どもに伝えるだけで、それは子どもを深く「認める」声かけとなる。
荒れた学級での効果
子どもを「認める」声かけは、たとえ荒れている学級の指導においても非常に有効な手段となる。例えば35人学級であれば、少なくとも5人程度は授業にきちんと取り組んでいる子どもがいるはずだ。まず、そうした真面目に取り組んでいる子どもたちをしっかりと見つけ出し、「認める」ことが重要となる。
特に、学級内で最も影響力のある子が良い行動をした際に、「こんなに周りが騒がしいのに、集中して学習に取り組んでいてすごいね」のように具体的に「認める」声かけをしていくと、その行動を真似する子どもが少しずつ増えていく傾向が見られる。これにより、学級全体の雰囲気が徐々に良い方向へ変わっていくことを実感できるという。さすがに学年末に近い時期になると学級の立て直しが難しくなるケースもあるが、子どもたちが学校や大人に対して根深い不信感を抱いていない限り、今の時期(例えば学期途中など)であれば、わずか3日ほどで学級の雰囲気が大きく変わることを実感できる可能性が高いと庄子氏は語っている。