年金「大改悪」? 3党合意に隠されたサラリーマン厚生年金減額延長のカラクリ

日本の国民生活に深く関わる年金制度において、将来にわたる影響が懸念される重要な文言が盛り込まれた3党合意が成立しました。この合意に基づき、「年金大改悪」とも称される法案が賛成多数で可決されたのです。与党である自民党、公明党に加え、野党第一党の立憲民主党も賛成に回ったことは注目に値します。立憲民主党の野田佳彦代表は、法案について「これをやらなければ、将来受給できる年金がみんな目減りしてしまい、それを避けるため最低限のアンコを入れたということだ」と説明し、法案の必要性を強調しました。

この法案には、週刊ポスト誌が報じた「遺族年金の大幅減額」をはじめ、様々な制度改変が含まれています。しかし、新聞やテレビでの報道、国会での質疑においても十分に焦点が当たっていない、さらに重大な問題が潜んでいます。それは、日本の基幹をなすサラリーマン層が加入する「厚生年金」の減額を、人知れず延々と続ける仕組みが盛り込まれていることです。

もともと厚生労働省が今回の年金改革案の柱としていたのは、「基礎年金の底上げ」でした。しかし、この「底上げ」という言葉が指すのは、年金支給額を実際に増やすことではありません。日本の年金制度には、「マクロ経済スライド」と呼ばれる、少子高齢化や経済状況に応じて毎年少しずつ支給額を調整(実質的な減額)していく自動的な仕組みが存在します。5年に一度実施される年金の財政検証(直近は2024年)の結果、元会社員らが受け取る厚生年金(報酬比例部分)の減額は2026年度で終了する見通しでした。一方で、基礎年金は2057年度まで減額が続く予測が出ており、このままでは約30年後には基礎年金の支給水準が現在より3割も低下するという試算が公表されていました。

この状況に対し、政府は「底上げ」という名目で、減額ルールそのものを止めるのではなく、減額期間を調整する案を打ち出しました。年金制度に詳しい「年金博士」こと社会保険労務士の北村庄吾氏は、そのカラクリを解説します。「厚労省は、厚生年金と基礎年金の財源を一体化し、どちらの年金も2036年度までマクロ経済スライドによる減額を続ける改革案を作成しました。こうすれば、基礎年金は2037年度以降は減額されなくなるため、これが結果的に『底上げ』になるという理屈です。しかし、その代わりに、本来2026年度に終了するはずだった厚生年金の減額期間が、さらに10年も延長されることになるのです」。これはまさに、サラリーマンの年金を長期にわたり減らし続ける計画に他なりませんでした。

しかし、ここから事態は政治的な展開を見せます。参院選を控える中で、このような年金改革案、特に厚生年金の減額期間延長は、サラリーマンや元会社員からの強い反発を招きかねないと懸念した自民党は、当初提出した年金法案から「基礎年金の底上げ」に関する部分をそっくり削除しました。これに対し、立憲民主党は「アンコ(底上げ)がないあんぱん」と批判し、法案の修正を求めました。その結果、自民、公明、立憲の3党間で合意が形成され、「基礎年金の底上げプランについては、5年後の2030年に予定されている次の年金改正時に改めて検討する」という法案修正が行われたのです。

年金制度改革に関する3党合意に臨む野田佳彦氏、石破茂氏、斉藤鉄夫氏年金制度改革に関する3党合意に臨む野田佳彦氏、石破茂氏、斉藤鉄夫氏

一見すると、基礎年金の底上げが単に「先送り」されただけのように思えます。多くの国民、特にサラリーマン層は、この「先送り」によって、厚生年金の減額が当初の予定通り2026年度に終了すると考えるでしょう。しかし、ここに巧妙な「騙しのカラクリ」が隠されていました。今回可決された法案には、「基礎年金の底上げ」の検討は2030年に先送りされたにもかかわらず、それに連携する形で検討されていた「厚生年金の減額を、次の年金改革が行われる2030年度まで続ける」という条項が、削除されずに盛り込まれていたのです。

すなわち、石破自民党と野田立憲民主党は、「基礎年金の底上げ」という国民が期待する議論を後回しにする一方で、「厚生年金の減額期間」を、本来終了するはずだった2026年度から、次の年金改正の議論が行われる予定の2030年度まで、事実上ひっそりと「延長する」という、国民にとっては極めて不利な合意を結んでいたのです。これは、基礎年金の底上げという目的が先送りされたにもかかわらず、その手段としてセットで検討されていた厚生年金減額期間の延長だけが実行に移されるという、サラリーマン層を欺くかのような内容と言えるでしょう。

参考文献