アメリカ・ファースト再来か? 変容する世界秩序と「自国ファースト主義」の波

第二次世界大戦後、アメリカは超覇権国家として国際秩序を主導する立場を担ってきた。しかし現在、アメリカはその政策を大きく転換しようとしている。この動きはアメリカだけにとどまらず、ハンガリー、ポーランド、オランダといった欧州各国でも極右政党が選挙を経て台頭し、「自国ファースト主義」を掲げる現象が広がっている。思想家の内田樹氏は、このような状況がもたらす危険性に対して警鐘を鳴らしている。書籍『沈む祖国を救うには』からの抜粋・再構成を通し、二度の世界大戦を経て「近代市民社会」の実現を目指してきたはずの人類の歴史を再考する。

「自国ファースト主義」はなぜ台頭するのか? 防衛反応としての側面

世界中で勢いを増している「自国ファースト主義」は、国家ではないアクターがもたらす脅威に対し、国民国家が示す防衛反応の一つとして捉えることも可能である。自国ファースト主義を標榜する国は、国際秩序の維持にかかるコスト負担を拒み、自国の国益最大化のみを追求する傾向にある。中国、ロシア、北朝鮮、イランのような権威主義的な国家がその代表例であり、インド、インドネシア、トルコなどもこれに近い姿勢を示している。

ヨーロッパにおいても、ハンガリーやポーランド、オランダは民主主義国家でありながら、選挙の結果として極右の自国ファースト主義政党を政権の座に送り出した。

写真:アメリカ・ファーストを掲げるドナルド・トランプ元大統領写真:アメリカ・ファーストを掲げるドナルド・トランプ元大統領

もしアメリカでトランプ氏が再び大統領に選出されれば(本稿執筆時点は2024年7月)、アメリカも国際秩序の維持コスト負担を拒否するようになる可能性が高い。アメリカの有権者がトランプ氏を選好する背景には、「中国やロシアのような権威主義国家の独裁者に対抗するには、民主主義国も強力なリーダーを持つしかない。こちらが国際秩序のためにルールを守り抑制的に行動する一方で、相手がルールを無視して利己的に振る舞うなら、勝負にならない。それならば、こちらもルールを無視するしかない」という直感的な判断があると考えられる。

覇権国家アメリカの変質:コスト負担への疲弊

第二次世界大戦後長らく、アメリカは超覇権国家として国際秩序を主導してきた。これは、その維持コストに耐えうるだけの圧倒的な軍事力と経済力を持っていたからこそ可能だった。しかし、イラク戦争やアフガニスタン戦争で国力を消耗し、経済力もかつてほどの勢いを失った結果、もはや国際秩序を維持するためのコスト負担に耐えきれなくなった側面がある。オバマ大統領が「世界の警察官」の役割からの撤退を示唆し、トランプ氏が「アメリカ・ファースト」を掲げたのは、いずれもこの同一の文脈における出来事である。

「最強のならず者国家」化するアメリカの可能性

確かに衰退したとはいえ、アメリカは依然として世界最大の軍事大国であり、経済大国であることに変わりはない。そのため、「国際秩序など知ったことか。アメリカさえ良ければそれで十分だ」と開き直ったとしても、中国やロシア、イランといった国々に負けることはまず考えにくい。これはすなわち、その気になれば、アメリカは「世界最強のならず者国家」となり得るということである。

国際秩序が大きく揺らぐ中、「自国ファースト主義」の波は世界をどのように変えていくのか。その動向は、今後の世界情勢、そして日本にも深く関わってくるだろう。

Source: 書籍『沈む祖国を救うには』(内田樹 著)より抜粋・再構成