日本映画が海外でリメイクされ、成功を収める作品がある一方で、期待を裏切り酷評される例も少なくありません。特に、原作が持つ文化的・歴史的背景が重要である場合、そのリメイクはより困難になります。本稿では、そうした海外リメイク作品の中から、特に「ワースト」と評価された一例として、ジョン・ウー監督、チャン・ハンユー、福山雅治主演の2017年版『マンハント』を取り上げ、その評価と背景にある要因を分析します。
原作「君よ憤怒の河を渉れ」:中国での伝説的ヒットとその背景
『マンハント』の原作は、1976年に公開された高倉健主演の日本映画『君よ憤怒の河を渉れ』です。無実の罪を着せられた東京地検の検事・杜丘冬人が、刑事の追跡を逃れながら真犯人を追うというサスペンスアクションであり、大映倒産後に永田雅一がプロデュースを手掛けた復帰作としても知られます。
この作品は、日本国内でも人気を博しましたが、特に大きな影響を与えたのが中国です。1979年に『追捕』というタイトルで公開されると、文化大革命終結後に初めて公開された外国映画として、社会現象と呼べるほどの爆発的なヒットを記録しました。当時の中国では、多くの人々が理不尽な扱いを受けており、無実の罪で追われる主人公・杜丘の姿に自身の境遇を重ね合わせ、強い共感と感動を覚えたと言われています。観客動員数は推定8億人にも達し、主演の高倉健やヒロインを演じた中野良子は中国で絶大な人気を獲得し、日本ブームの火付け役の一つとなりました。この映画は、単なる娯楽作品を超え、当時の中国社会において一種の文化的・精神的な解放の象徴ともなり得たのです。
ジョン・ウー監督作「マンハント」:製作背景と主な変更点
このような伝説的な背景を持つ『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイクに挑戦したのが、香港アクション映画の巨匠ジョン・ウー監督です。中国製作ながら、主要な舞台は日本とされ、オールロケで撮影が行われました。主演は中国の俳優チャン・ハンユーと日本の福山雅治が務めるダブル主演体制となり、原作における杜丘冬人の役割をチャン・ハンユーが、彼を追う敏腕刑事・矢村を福山雅治が演じました。
物語の基本的な骨子、すなわち製薬会社の顧問弁護士が殺人事件の犯人に仕立て上げられ逃亡し、彼を追う刑事がやがてその無実を確信する、というプロットは原作から大きな変更はありません。原作で中野良子が演じた遠波真由美に相当するキャラクターが中国系とのハーフという設定になっている点を除けば、物語の展開はオリジナル版に倣っています。
2017年の日中合作映画「マンハント」で矢村刑事を演じた福山雅治氏(写真:Getty Images)
なぜ「ワースト」と評価されたのか?酷評の理由
鳴り物入りで製作された『マンハント』でしたが、日本の映画ファンからは総じて厳しい評価を受け、「ワースト」リメイクの一つとして挙げられることも少なくありませんでした。その理由としては、いくつかの点が指摘されています。
まず、オリジナルの『君よ憤怒の河を渉れ』、特に高倉健や原田芳雄といった俳優陣が放っていた独特のダンディーさや渋み、そして当時の日本の空気感が、リメイク版では十分に再現されず、「スケールダウン感」が否めないという声が多く聞かれました。ジョン・ウー監督らしいアクションシーンは盛り込まれていますが、原作が持つサスペンスや人間ドラマの深みが薄れてしまったという指摘もあります。
また、技術的な問題も批判の的となりました。特に、日本人キャストのセリフに対する口の動き(アテレコ)のずれが目立ち、観客の没入感を大きく損なう結果となりました。これは国際的な合作映画においては配慮すべき点であり、制作側の甘さが露呈した形です。
さらに、映画のエンドロール後に突然、福山雅治とジョン・ウー監督の対談シーンが挿入されるという、劇場公開作品としては異例かつ唐突な演出があり、多くの観客を困惑させ失笑を買うという事態まで発生しました。こうした細部の詰めの甘さや、作品全体のトーンのちぐはぐさが、酷評につながった大きな要因と言えます。
結果として、『マンハント』は福山雅治にとっては、必ずしも成功とは言えない「黒歴史」的な作品として語られることもあります。しかし、逆に言えば、このリメイクの評価を通して、原作である『君よ憤怒の河を渉れ』、そして主演した高倉健や原田芳雄といった往年の名優たちが持っていた魅力や、作品が中国で歴史的な成功を収めた背景にある深い文化的・社会的な意義が、改めて再認識されるきっかけにもなった作品であると言えるでしょう。海外でのリメイクは、時に原作の価値を再確認させる鏡となることもあるのです。
参考資料:
Yahoo!ニュース掲載のオリジナル記事