日本航空(JAL)は、国内地方都市間を結ぶ航空ネットワーク維持のため、革新的な電動ハイブリッド航空機の開発支援を開始しました。コロナ禍後の需要変動、円安、そして脱炭素への対応といった厳しい事業環境の中、JALは航空会社としての豊富な知見を活かし、現実的な解決策を模索しています。航空機の完全電動化や水素燃料化は実用化に時間を要することから、既存エンジンと電動モーターを組み合わせたハイブリッド航空機が、地方路線維持に向けた有力な選択肢として注目されています。
MAEVE Jet開発に向け基本合意
JALは、フランスで開催されたパリ航空ショーにおいて、ドイツのメイブ・エアロスペース社が開発を進める電動ハイブリッド航空機「MAEVE Jet」に関し、100%子会社であるJALエンジニアリング(JALEC)と共に基本合意書(MoU)を現地時間6月17日に締結しました。この「MAEVE Jet」は、現行のリージョナルジェット機と比較して燃料消費量を40%削減することを目指しており、同時にターボプロップ(プロペラ)機を上回る速度と航続距離の実現を目指しています。
ジェイエア(JAR/XM)が運航するエンブラエル製リージョナルジェット機の更新時期が迫る中、JALは地方路線網を持続的に維持するための次期機材選定に課題を抱えています。JAL執行役員の小山雄司経営企画本部長は、電動ハイブリッド航空機開発に航空会社が参画する狙いについて語りました。
“最も現実味がある”ハイブリッド機
小山氏は、地方路線維持に向けた次世代機の「最も現実味がある」選択肢としてハイブリッド機を挙げました。「完全電動化は技術的に厳しい側面があり、水素燃料はコストが高いのが現状です。これらを考慮すると、ハイブリッド航空機が最も実現可能性が高い技術と言えます」と説明します。
今後も継続が予想される円安が機体価格、部品代、燃料費といったドル建てコストを押し上げる要因となる中、脱炭素への環境対応も避けて通れません。小山氏は「MAEVE Jetの開発にはエンジンメーカーのプラット&ホイットニー社も参画しており、プロダクトとしての信頼性向上にも期待しています」と述べ、今後10年程度での実現可能性を見据え「MAEVE Jet」に注目した理由を語りました。
将来のフリートと”ファーストムーバー”としての関与
伊丹空港を拠点とするジェイエアは、エンブラエル製のE170(76席)18機とE190(95席)14機の計32機を運航しています。2009年導入のE170や2016年導入のE190の一部は、2030年前後から更新時期を迎える見込みであり、次期機材の選定が重要な課題となっています。
小山氏は「機材の更新については検討を進めていますが、全てを一度に置き換えるのは容易ではありません。ハイブリッド航空機のような新しい選択肢が登場すれば、より多様で柔軟なフリート構成が可能になります」と、将来的な機材構成の可能性に言及しました。
MAEVE Jetはまだ開発段階の機体であり、JALの関与は「ファーストムーバー」としての側面が強く、初期導入にはリスクも伴います。しかし小山氏は「こうしたリージョナル機の開発段階から航空会社が積極的に関与すること自体に大きな意義があります。エンジニアリング面を含め、開発を全面的に支援していきたいと考えています」と、意欲を示しました。
パリ航空ショーで展示された、日本航空が開発支援に基本合意した電動ハイブリッド航空機「MAEVE Jet」の模型
MAEVE Jetの機体仕様
MAEVE Jetは、機体後部胴体左右にオープンロータータイプのエンジンを1基ずつ配置するリアエンジン、T字尾翼を持つ機体設計です。パリ航空ショーで展示された模型は、往年のダグラスDC-9を彷彿とさせるシルエットにオープンローターを組み合わせたような外観でした。
目標速度はマッハ0.75。座席配置は1列5席を基本とし、3クラス構成で76席、2クラス構成で90席、1クラス構成で100席程度を見込んでおり、これはジェイエアが運航するE190の座席数に近い設定です。航続距離は、3クラス76席仕様で2685キロメートル(1450海里)、1クラス100席仕様で1759キロメートル(950海里)を計画しており、最大離陸重量時の滑走路長は1500メートルを目標としています。
電動ハイブリッド航空機「MAEVE Jet」の開発に向けた基本合意書締結後、握手するJALの小山雄司経営企画本部長(左)とメイブ・エアロスペースのマルティン・ネッセラーCTO
課題と今後の展望
JALエンジニアリングは、将来的にMAEVE JetのMRO(整備・修理・分解点検)事業への展開も視野に入れています。小山氏は「アジア地域にもハイブリッド機の需要は間違いなく生まれるでしょう。日本やアジア市場で必要とされる機材として貢献できる可能性がある」と述べ、まずは開発段階での運用側からのフィードバックや知見提供に注力する考えを示しました。
一方で、JALはeVTOL(電動垂直離着陸機)などの新たな航空技術への関心も持ち続けています。同じパリ航空ショーの場で、ボーイングの子会社である米ウィスク・エアロ社、石川県加賀市、そしてJALECとの間で、パイロットレス航空機の実用化に向けた実証飛行に関する基本合意書が締結されています。
小山氏はeVTOLについて、「技術的なハードルは非常に高く、日本での運用には相当な困難が伴うと認識しています」としつつ、MAEVE Jetのようなハイブリッド航空機は「将来の日本にとって不可欠な存在になる可能性が高い」と指摘しました。「eVTOLもハイブリッド機も、どちらも将来的に必要となる重要な技術分野です。簡単ではないという現実を前提としつつ、あらゆる可能性に臆することなくチャレンジしていく姿勢が重要だと考えています」と、今後の技術開発への意欲を語りました。
今回のMAEVE社との基本合意書について、小山氏は「ハイブリッド航空機を開発している企業は複数存在しており、メイブ社だけに開発協力を限定するものではありません。今後も引き続き、幅広い選択肢を検討し、実用化の可能性を追求していきます」と述べ、特定の企業に固執せず、多角的なアプローチで次世代機の導入を目指す方針を明らかにしました。
コロナ禍を経た国内線需要構造の大きな変化、そして今後も長期化が予想される円安によるドル建てコスト(機体、部品、燃料費など)の上昇は、国内線、特に地方路線の収益性を一層圧迫しています。収益確保が難しい地方路線を持続可能な事業構造へと転換することは、喫緊の課題です。
しかし、小山氏は「日本は島国であり、航空機でしか移動できない地域が多く存在します。そのため、単なる事業性だけでなく、公共性も確保した上で持続可能なリージョナルネットワークを維持することが極めて重要です」と強調しました。既存のエンジン技術も活用するハイブリッド航空機は、こうした日本の特殊な地理的条件と経済的課題に対する、現実的な解決策の一つとして大きな期待を集めています。