日本はなぜ真珠湾攻撃へ向かったのか? 太平洋戦争に至る国際情勢と戦略

第二次世界大戦の太平洋戦線における最大の疑問の一つは、「なぜ日本はアメリカに対して真珠湾攻撃という無謀な行動に出たのか」ということでしょう。この歴史的な問いに答えるためには、単に攻撃そのものを見るのではなく、日本がそこに至るまでの国際情勢と日本の戦略を深く理解する必要があります。安全保障研究者である千々和泰明氏の分析に基づき、日本の第二次世界大戦参戦の背景から、どのようにしてアメリカとの衝突が避けられなくなったのか、そのステップを追っていきます。

愛新覚羅溥傑と嵯峨浩夫妻の写真。満州国建国と関連の深い人物。愛新覚羅溥傑と嵯峨浩夫妻の写真。満州国建国と関連の深い人物。

日中戦争への拡大

アジア太平洋地域における第二次世界大戦は、日本の行動から始まりました。1931年9月18日の満州事変です。日本軍は清王朝の発祥地である中国東北部で軍事行動を開始し、満州を占領、「満州国」という日本の傀儡国家を建国しました。当時の中国は1911年の辛亥革命で清が倒れた後、内乱状態にあり、日本はその隙を突いた形です。満州事変の後も日本の中国侵略は続き、1937年には日中両国間の全面戦争、すなわち日中戦争へとエスカレートしました。歴史的に中国の王朝が滅びる際には、国内勢力だけでなく周辺異民族も巻き込む大動乱が繰り返されており、20世紀においては日本が初めて積極的にこの動乱に加担したと言えるでしょう。

国際社会の逆風と日本の資源問題

中国はもちろん、東南アジアに植民地を持つイギリスやアメリカなど、この地域に利害を持つ国々は、日本の中国での勝利を望んでいませんでした。国際的な逆風の中で、日本の中国における戦いは長期化・泥沼化していきます。特に1941年6月に日本の同盟国であるドイツがソ連に侵攻したことは、日本を取り巻く状況に影響を与えました。ソ連からすれば、日本が中国戦線に釘付けになっていることは都合が良く、ドイツと日本に挟み撃ちされる事態を避けられました。また、ソ連と共にドイツと戦っていたイギリスや、連合国を支援していたアメリカにとっても、日本が中国に勝利してソ連に矛先を向けることはドイツを利するため好ましくありませんでした。日本の中国での長期戦継続には石油などの資源が不可欠でしたが、資源小国である日本はこれを外部から調達する必要がありました。

東南アジアへの進出と機会主義

そこで日本が目をつけたのが、豊富な資源を持つ東南アジア地域です。当時の東南アジアの多くの地域はヨーロッパ諸国やアメリカの植民地でした。例えば、インドシナはフランス、フィリピンはアメリカ、マレーシアやビルマはイギリス、インドネシアはオランダが支配していました。日本は資源獲得を目指し、1940年9月にフランス領インドシナ北部に軍を進めます。これは、同年6月にフランス本国がナチス・ドイツに敗北したという状況を、「火事場泥棒」のように利用した機会主義的な行動でした。

アメリカの強硬策:石油禁輸へ

このように日本は満州事変以降、中国や東南アジアで状況を利用した機会主義的な軍事行動を継続しました。この間、アメリカを含む国際社会は当初、日本の行動を直接的に抑止せず、黙認する傾向にありました。これはミュンヘン会談ほど露骨ではなかったにせよ、結果的には日本への宥和政策とさえ言える側面がありました。しかし、この宥和は日本の機会主義的な行動を助長するだけでした。
1941年7月、日本はさらにインドシナ南部への兵を進めます。前年にドイツがフランスを破ったこと、そしてこの年の6月にソ連へ侵攻したことで、日本は北方のソ連からの脅威を感じることなく、南進戦略を取りやすくなったのです。このように、アジア情勢とヨーロッパ情勢は密接に関連していました。
この段階になって、アメリカはついに強硬手段に出ます。日本に対する石油輸出の全面禁止です。アメリカは、日本の真の目的がインドシナ北部だけでなく、東南アジア全域の支配にあると認識したからです。日本が東南アジア全域を支配すれば、アメリカやイギリスの植民地が失われるだけでなく、資源を得た日本が中国に勝利し、さらにソ連を脅かしてドイツのヨーロッパ制覇を助けることにもつながりかねない、と危惧したのです。

このように、日本の満州事変以降の中国への侵略、そして資源確保を目的とした東南アジアへの機会主義的な進出は、国際社会、特にアメリカとの対立を深めていきました。アメリカによる石油全面禁輸は、日本の戦争遂行能力にとって死活問題であり、この強硬策こそが、日本をアメリカとの軍事衝突、すなわち太平洋戦争開戦という最終的な決断へと追い詰める大きな要因となったのです。真珠湾攻撃は、この一連の歴史的ステップの帰結であったと言えるでしょう。

参考文献:
千々和泰明『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)