カナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー島沖で、海の最上位捕食者であるシャチに小型のイルカが自ら接近するという、これまで観察されなかった珍しい行動が確認されました。この驚くべき相互作用に関する研究が、国際学術誌「生態と進化(Ecology and Evolution)」に発表され、注目を集めています。オーシャンワイズ(OceanWise)の生物学者、ブリタニー・ビソナ=ケリー研究員が2018年に最初の目撃をして以来、同団体のランス・バレット=レナード研究員と共に4年間にわたる観察記録を詳細に報告しています。通常、シャチは他の小型クジラ類を捕食対象とするため、このような接近行動は科学者たちを驚かせました。
バンクーバー島沖で観察された前例のない相互作用
ビソナ=ケリー研究員らが2018年から2021年の4年間、バンクーバー島とカナダ本土の間にあるジョンストン海峡で記録したシャチと小型イルカの相互作用は計42回に及びます。最初にこの光景を目撃した際、イシイルカの群れが成体のシャチに近づいて数分間泳いだ後、幼いシャチを連れた群れに接近する様子が観察されました。ビソナ=ケリー研究員は、幼いシャチがイルカの接近に興奮してスピードを上げる一方、母親シャチは苛立っているように見えたが、幼いシャチは非常に楽しそうだったと述べています。
ブリティッシュコロンビア州沖でシャチの群れに接近する小型イルカたち
研究チームはこの相互作用を、海の最上位捕食者と他のクジラ類の間で初めて記録された「友好的関係」の可能性として推測しました。これまでの研究では、シャチは約20種のクジラ類との相互作用が観察されていますが、そのほとんどは捕食やいじめ、からかいといった攻撃的な行動が中心でした。しかし、この地域ではイシイルカとカマイルカがシャチに惹かれているかのように見えたと報告されています。研究チームは、この相互作用の動機として、捕食者の回避、エサの確保、水力学的な利点、社会的な利点などを検討し、中でも「捕食者を避ける」という目的に焦点を当てています。
研究で接近が観察されたカマイルカの個体
シャチの異なる個体群と小型イルカの生存戦略
小型イルカが接近したのは、キングサーモンを主食とし、小型イルカには攻撃的ではないとされる「北部定住型シャチ」(Northern Resident Killer Whales)の個体群です。この北部定住型シャチの分布域は、イシイルカやカマイルカの生息地とも重なります。さらに重要なのは、この地域には北部定住型シャチとは生態的特性や生活様式が異なる「南部定住型シャチ」(Southern Resident Killer Whales)や「ビッグスシャチ(回遊型)」(Bigg’s Killer Whales)も活動しているという点です。これらのシャチの個体群は、食性、社会構造、コミュニケーション方式などが異なり、生態的にはほとんど別の種とみなされることもあります。
北部定住型シャチの子どもとカマイルカの遊びまたは社会的相互作用
南部定住型シャチはイシイルカやネズミイルカを攻撃・捕食することがあり、ビッグスシャチは小型イルカを含むクジラ類やアザラシ、アシカなどを狩る捕食性の高い個体群です。この生態的な違いから、研究チームは、イシイルカやカマイルカが比較的危害を加えない北部定住型シャチに接近することで、攻撃的な南部定住型シャチやビッグスシャチといった他の捕食者から身を守る戦略を取っているのではないかと推測しています。実際に、ビッグスシャチは北部定住型シャチに出会うと、自ら群れを避ける行動が複数回観察されています。
バンクーバー島沖でのシャチと小型イルカの種間相互作用データ図
さらに研究チームは、小型イルカが外見がほぼ同じである北部定住型シャチを近くで観察することで、捕食者のスピードや敏捷性、加速能力などを学習する機会を得ている可能性や、シャチのそばで泳ぐことで移動にかかるエネルギーを節約している可能性も分析しています。ワシントン大学海洋哺乳類学のサラ・テマン博士は、「すべての野生動物は『恐怖の風景』の中に生きている」とし、「体は大きいが比較的危害を与えないシャチのそばで、しばし安らぎを得ようとするのは、ある意味自然なことだ」とこの推測を支持するコメントを寄せています。
まとめ
今回の研究で明らかになったシャチと小型イルカの特異な相互作用は、海洋生態系における捕食者と被食者の関係が、単純な一方通行ではない可能性を示唆しています。小型イルカが特定のシャチの個体群を利用して自身の安全を確保するという戦略は、過酷な自然環境下での生存競争において進化しうる複雑な行動パターンの一例と言えるでしょう。この発見は、シャチと他の海洋哺乳類の行動や社会構造に関する理解を深める上で重要な知見となります。
*引用論文: Ecology and Evolution
*情報元: ナショナル・ジオグラフィック