遺産相続で突然「隠し子」が発覚!親の誓約書は子を縛るか?裁判の行方

まるでドラマのような出来事が、現実の法廷で繰り広げられています。戸籍上の妻と内縁の妻、突然現れた隠し子——。複雑な家族関係から生じる愛憎劇は、遺産相続や年金受給といった法律問題と密接に関わります。特に、認知されていない「隠し子」の相続権や、死亡後の認知請求は、当事者だけでなく残された家族にとっても大きな問題となります。本記事では、実際に起きたケースを基に、こうした家族間のトラブルに法律がどう向き合うのか、裁判の顛末を追います。

死の淵に立った父親の「隠し子」が発覚

2018年夏、東日本にある法人の70代の理事長が脳の病で倒れ、病床に伏していました。その病室に現れた一人の見舞客が、修羅場の幕開けとなりました。面会に来たのは、理事長よりふた回り以上年下の40代の女性。そこで鉢合わせた理事長の長男と長女は、約18年にも及ぶ父親の不倫を知ることになります。さらに衝撃的だったのは、その女性との間に中学3年生になる腹違いのきょうだいがいることが判明したことです。

家族に不倫が露呈し、理事長は長年の関係を清算することを決意します。女性に対し、7000万円の支払いを条件とした誓約書を提示しました。「今後も認知や入籍を請求しない」「受け取った以外に金銭を求めない」「家族が不仲にならないよう許可を得るまで自宅に行ったり連絡したりしない」という内容に、女性は黙って署名しました。これで一件落着に見えましたが、事態は2年後に再び動き出します。

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親が勝手に結んだ合意は子を縛るのか?子の行動

認知されずにいた子どもにとって、理事長は幼い頃から週末に家に来て可愛がってくれた「父親」でした。両親が自分抜きで勝手に合意したからといって、自分が父親に認知を求めることも許されないのか——。自身の進路や人生について真剣に考え始めていた子どもは、自らの意思で法律相談を訪れ、2020年12月、理事長に対する認知調停を家庭裁判所に申し立てました。

調停の中で行われたDNA型鑑定の結果は、理事長が父である確率が99%超というものでした。生物学的な親子関係は否定しがたい事実として確認されたのです。家庭裁判所は2021年10月の審判で、このDNA鑑定の結果を事実上唯一の根拠として、認知を認めました。

ところが翌月、子どものもとに家裁から思いもよらない通知が届きます。「(理事長が)死亡していたことが判明しました。審判は失効します」。審判は出されてから14日間が経過しないと確定せず、その間に当事者が死亡すると効力を失うのです。理事長は審判のわずか12日後、81歳で亡くなっていました。

死後認知訴訟:争点となった「親の合意」の効力

民法は、認知を求める相手が死亡した後でも3年間は「死後認知」を求める訴えを起こせると規定しています。子どもはすぐに死後認知を求めて提訴しました。この訴訟では、理事長が女性との間で結んだ合意が、子ども自身の認知を求める権利に影響を及ぼすのかが最大の争点となりました。

子ども側は訴訟で、母親である女性は誓約書が我が子をも拘束するという認識は持っていなかったと主張しました。裁判には、数年前に父親の不貞行為を知らされた長女らも利害関係人として参加しています。長女らは、女性は誓約書に署名することによって、「親権者として子どもの認知請求権を放棄した」のだと反論しました。

厚生労働省の人口動態調査によれば、2022年に生まれた婚外子(非嫡出子)は約1万7000人で、出生数全体の2.3%を占めています。1990年の1.07%、2002年の1.9%と、少子化が進む中でその割合は増加傾向にあります。家族観の多様化が背景にあると見られていますが、こうした状況は相続を巡るトラブルが増加する可能性を示唆しています。故人が残した財産が多いほど、こうした家族間のいさかいはより大きな摩擦を生むことになるのです。このケースのように、親が交わした合意が子の権利にどう影響するのか、法廷の判断が注目されます。

本稿は日本経済新聞「揺れた天秤」取材班著、『まさか私がクビですか?なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日本経済新聞出版)の一部を基に構成しました。