公立学校教員の処遇改善を目的とした「給特法」(教員給与特別措置法)などの改正案が今通常国会で可決、成立した。この法改正により、教員に残業代の代わりに支払われる「教職調整額」は、2031年までに段階的に現行の給与月額4%から10%へと引き上げられる見込みだ。教員の待遇改善を目指す動きは評価されるが、現実には教員をはじめとするエッセンシャルワーカーの深刻な人手不足が全国で顕在化している。
作家・社会的金融教育家の田内学氏は、『きみのお金は誰のため』などの著書で知られ、特に熊本におけるTSMC工場設立が引き起こしている教員不足の状況に懸念を示してきた。人手不足が常態化する現代において、「経済」と「教育」の問題をどのように捉え、解決の糸口を見出すべきか。田内氏の見解を深掘りする。
お金だけでは解決できない日本の構造的課題
現代の日本が直面している問題は、単にお金という金融資本を投入するだけでは根本的に解決できない構造的な性質を帯びている。多くの人々は「お金があれば何でも解決できる」と考えがちだが、本来、経済は「人」「モノ」「金」という三つの要素が揃って初めて機能する。何かを生み出す技術や労働力を持つ「人」、資源や設備といった具体的な「モノ」、そして経済活動を円滑にする「金」(金融資本)。例えば、現代ではiPhoneは10万円以上出せば購入できるが、100年前の日本ではたとえ1兆円を積んでも手に入れることは不可能だった。これは、当時の日本にはiPhoneのような複雑な工業製品を生み出す技術を持つ「人」が存在しなかったためだ。
歴史的に見ると、これまでの経済社会では、人は無限に存在し、お金さえ払えばいくらでも雇えるという前提が一般的だった。資源についても、お金を出せば海外から調達可能であった。震災のような一時的な、あるいは特定の地域での人やモノの不足は起こり得たとしても、基本的にはお金さえあれば必要なものは手に入り続ける状況が続いてきた。そのため、経済活動はお金を中心に考えられ、「いかにしてお金を流通させるか」「いかにして新しい産業を生み出し富を増やすか」といった金融資本に偏った議論が行われてきたのである。
給特法改正案が国会で可決され成立したことを示すニュース画面
深刻化する人手不足:次元の異なる構造問題
しかし、現在の日本は少子高齢化に伴う人口構造の劇的な変化により、深刻な人手不足という新たな局面に直面している。特に、社会機能を維持するために不可欠なエッセンシャルワーカーと呼ばれる職種で、人手不足が全国的な問題となっている。これは、過去の景気変動に伴う一時的な労働力不足とは根本的に異なる、次元の違う現象として捉える必要がある。
その証拠に、現在の日本の失業率は歴史的に低い水準にあり、女性の労働参加率も増加傾向にあるにもかかわらず、人手不足は解消されるどころか、むしろ深刻化している。これは、単に労働力の需要と供給のミスマッチではなく、経済を支える根幹である「人」という要素そのものが、量的に、そして質的に不足し始めていることを示唆している。給特法改正による教員給与の改善は重要だが、「お金」という側面からのアプローチだけでは、「人」という経済の基礎的な要素の不足を補うには限界がある、という現実が浮き彫りになっているのだ。
教員不足の問題に頭を悩ませる文部科学省の様子を示すイメージ
まとめ:人を中心に据えた経済思想への転換が必要
給特法改正により教員処遇の一部改善が進む一方で、現場では教員不足をはじめとする深刻な人手不足が続いている。これは、現代日本が直面する課題が、単なる経済対策や財政出動といった「お金」による解決の範疇を超え、人口構造の変化に起因する「人」の不足という根源的な問題であることを示している。経済を「人」「モノ」「金」の三要素の均衡として捉え直し、特にこれまで当然のように存在すると考えられてきた「人」という要素の希少性を認識すること。そして、どのようにして社会に必要な「人」を育成し、確保していくかという視点に立った経済・社会政策が、今後の日本には不可欠と言えるだろう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7d04e640db918a4b148bd19148635ff04b20cf94