年老いた親が、ある日突然、自治体職員によって連れ去られる。それは犯罪ではない。しかし、家族から大切な存在を奪う、看過できない問題だ。全国で報告されるこうした高齢者 連れ去り 自治体事案。多くは「虐待防止」を名目に、ずさんな認定で行われ、家族は親との面会すら禁じられる。2022年9月、東京都港区でも80代女性が職員に連れ去られ、青梅市内の精神科病院に医療保護入院させられていたことが判明した。娘の斉藤裕子さん(仮名)は、2年8カ月ぶりに居場所がわかった母を「救出」することを決意する。この救出劇の背景にある、見過ごされてきた社会の歪みとは何か。
港区職員による連れ去り:引き裂かれた親子
5月12日午前10時半、JR浜松町駅近くの待ち合わせ場所に、斉藤裕子さん(30代女性、仮名)は車で現れた。少し疲れた様子で「運転を代わってもらえませんか? 朝からずっと足の震えが止まらないんです」と筆者に訴えた。この日、彼女は84歳の母親と2年8カ月ぶりに面会する。母親は2022年9月、斉藤さん親子が住む東京都港区の区役所職員によって連れ去られ、以来、直接の面会は禁止されていた。
高齢者連れ去り問題に巻き込まれた斉藤さん親子が若い頃に一緒に写る写真
1年半の捜索、そして続いた面会拒否
母親の居場所は最初の1年半、全く不明だった。東京都青梅市内の精神科病院に医療保護入院していると判明したのは2024年3月。その間も港区 職員は情報提供に非協力的だった。入院先がわかってからも、斉藤さんは母親との面会を再三求めたが、わずかな時間すら許されない日々が続いた。
強制入院の長期化と精神保健福祉法の問題点
成年後見制度 問題などに取り組む一般社団法人「後見の杜」の代表、宮内康二さんはこのケースを法的に分析する。「医療保護入院の期間は、精神保健福祉法により原則3カ月以内(条件により6カ月以内)と定められています。これは自傷他害の恐れはないが本人の意思で入院できない場合に限るもので、人権擁護の観点から長期入院は厳しく制限されるべきです。港区は家族の同意を得ずに2年以上も母親を強制入院させていた」。同法は入院延長時に半年に一度家族等の同意を求めるが、斉藤さんは一度も同意を求められていない。
斉藤さんの母親の事例は、自治体職員による高齢者連れ去りがいかに家族を分断し、人権を侵害しうるかを示す事例だ。医療保護入院の制度が悪用され、家族の同意なく長期入院が強行された実態が浮上した。2年8カ月ぶりの母との再会、そして救出を目指す娘の闘いは、この問題の根深さを改めて浮き彫りにしている。