元「王様のブランチ」平塚奈菜が語る芸能界の厳しさ:続くアルバイト生活と40歳からのキャリアチェンジ

元TBS「王様のブランチ」リポーターやグラビアアイドルとして活動してきた平塚奈菜氏。華やかな芸能活動のイメージとは裏腹に、長年にわたり生活費を稼ぐためにアルバイトを続けてきた現実を語った。30代後半から40歳を迎え、将来への不安から就職活動を開始するも、芸能界の経歴が壁となるなど、その道のりは平坦ではなかった。本記事では、彼女が明かす芸能界の知られざる側面と、新たなキャリアを切り開こうとする道のりを詳細に追う。

華やかな世界の裏側で続いたアルバイト生活

20代で芸能界に入り、「王様のブランチ」のリポーターやグラビアアイドルとして活動していた平塚奈菜氏は、早い段階で「売れないと食べていけない」現実を痛感したという。レギュラー番組や単発のテレビ出演はあったものの、それだけで生活することは不可能だったため、常にアルバイトを掛け持ちしていた。朝はカフェ、夜は居酒屋で働くこともあったといい、時には「何でも屋」として犬の散歩代行や恋愛相談、男子高校生に頼まれて女性服を買いに行くといった一風変わった依頼もこなした。

平塚奈菜さん、芸能活動と並行してアルバイトを続けた時期を振り返る様子平塚奈菜さん、芸能活動と並行してアルバイトを続けた時期を振り返る様子

他の芸能界の知人がどうやって生活しているのか疑問に思うこともあったが、「王様のブランチ」の共演者には芸能の仕事だけで食べていける人が多く、また舞台共演者の中には実家からの援助を受けている人もいたという。平塚氏自身のように、一般的なアルバイトで生活費を稼いでいるという人は少なかった印象だと述べている。

35歳を過ぎて感じた危機感と就職活動の始まり

今年3月に40歳を迎えた平塚氏だが、30歳を過ぎた頃からこの先の人生について考えるようになった。一度は芸能界引退とマネージャーへの転身を考えた時期もあったが、再び芸能事務所からの声がかかり活動を継続。しかし、アルバイト中心の生活は変わらなかった。

特に35歳を過ぎてからは、グラビアの仕事にいつまで携われるのかという強い危機感を抱くようになったという。50歳、60歳になってもグラビア活動で生計を立てるのは難しいと判断し、現在の収入源である撮影会や雑誌、DVD、ファンクラブの売り上げがなくなった際、アルバイト代月8万~10万円で生活していくのは困難だと悟った。

そこで、社会人経験がほぼないまま、本格的に就職活動を開始する。しかし、一般企業へのエントリーは書類選考すら通過しない状況だった。自身の経験を活かせる仕事として、芸能経験を活かした仕事か、長年続けていた子供に関わる仕事のどちらかを考えた。

新たなキャリアへの模索:教育現場からマネージャーへ

まず子供に関わる仕事に興味を持った平塚氏は、それまでしていたアルバイトを全て辞め、幼稚園の仕事一本に絞って1年間勤務した。資格を持つ先生の補助という立場だったが、仕事は非常に楽しく、「一生の仕事にしたい」と資格取得も検討したという。

一方で、芸能マネージャーになりたいという思いも強く持っていた。幼稚園での仕事も楽しかったものの、もう一つ興味のあるマネージャーの仕事も経験してみたいと考え、マネージャー職を探し始めた。当初は知人を頼らず、求人サービスを利用して一般応募したが、最終面接まで進んでも芸能人であることが明らかになると断られてしまうケースもあった。

最終的に、かつて所属していた芸能事務所でアルバイトとしてマネージャー業をスタートさせることになった。華やかな世界の裏側で、長年現実的な生活苦と向き合ってきた彼女のキャリアチェンジは、多くの人々が直面する人生の岐路や働き方の多様性を考えさせる事例と言えるだろう。


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