教員の過酷な日常:なぜ「ブラック職場」と化してしまったのか

近年、「教員の仕事はブラック」という印象がメディアで熱心に報道され、2025年現在もこの労働問題は社会の大きな関心事となっています。一体なぜ、このような過酷な状況が生まれてしまったのでしょうか。その背景には、教員の業務が高度化・複雑化していること、そして教職が持つ特殊な性質が深く関係しています。

業務の高度化・複雑化:カリキュラム・オーバーロードの課題

学校と教員は社会の高度化・複雑化とともに進化し、教授内容も高度化しています。「探究学習」のような複雑多様な指導や、プログラミング教育、金融教育など新たな教育領域が次々と導入。これは「カリキュラム・オーバーロード(教育課程の過積載)」と呼ばれ、教育内容が質・量ともに過剰となり、結果として質の高い教育活動を妨げる問題が指摘されています。

教員の過重労働と多岐にわたる業務の現実を示す教育現場の様子教員の過重労働と多岐にわたる業務の現実を示す教育現場の様子

教員という仕事が持つ特殊な「3つの特性」

今日の日本の教員には、その仕事の特殊性を表す3つの特性があると言われています。それは「再帰性(reflexivity)」「不確実性(uncertainty)」「無境界性(borderlessness)」です。

教育実践に正解はなく、価値観も多様なため、教員は絶えず批判や議論に晒されます。子どもや保護者からの責任や評価が直接自分に返る「再帰性」、そして明確な尺度がない「不確実性」が常に伴います。これは教育実践を創造的かつ探究的なものにする側面もあります。

この再帰性と不確実性から、教員の業務は境目がなく、責任範囲が拡大し続ける「無境界性」が生じます。授業終了後も仕事は尽きず、子どもの成長への貢献に終わりは見えません。例えば、休日にスーパーでの買い物中に保護者に目撃されただけで、その印象が職務評価に影響し、噂の対象となることも。「常に見られている」緊張感を抱く教員も多く、勤務時間外も職業と切り離せない現状があります。

時間外労働に追われ、休息の取りにくい教員の多忙なデスク風景時間外労働に追われ、休息の取りにくい教員の多忙なデスク風景

労働時間の境界線と「給特法」の改正

教員の特殊な性質上、残業代規定は困難です。2022年8月の埼玉県公立小学校教員による訴訟では、保護者対応などが業務と認められず請求棄却。教員の仕事の境界線は極めて曖昧です。しかし、業務過多解決のため「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」が2025年に改正され、2026年から教職調整額が段階的に引き上げられ、6年後には月額10%まで上昇する見込みです。

社会課題が学校現場に与える影響

教員の過重労働には、社会の複雑化による社会課題の影響も無視できません。所得格差、多文化共生、デジタル格差、メンタルヘルスなど、多様化・複雑化する問題が学校現場に直接投影されています。学級担任一人では、これらの多岐にわたる課題への対応は極めて困難です。

学校運営と教育のあり方の根本的な問い直し

子どもたちの成長と、そこで働く教職員のために、現在の学校運営と教育のあり方を根本的に問い直す時期が来ているのではないでしょうか。教員の「ブラック」な労働環境は、個人の問題に留まらず、社会全体の課題として、その解決には多角的な視点と抜本的な改革が求められています。

参考文献:

  • 宮田純也 著『教育ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)
  • 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事、横浜市立大学特任准教授、学校法人宇都宮海星学園理事 宮田純也氏による記事より転載