フジテレビがこの10月から、実に5年ぶりに午後帯でのワイドショー放送を再開すると発表した。この戦略の背後には、収益の改善と長らく低迷していた午後帯の視聴率回復という喫緊の課題がある。今年1月に就任した清水賢治社長(64)は、一連の人権侵害問題への対処を一段落させ、本格的な業績改善へと舵を切っている。テレビ業界全体が変革の波にさらされる中、フジテレビのこの動きは、メディアのビジネスモデル、特に「再放送は儲からない」という業界の真実を浮き彫りにする。
フジテレビの社屋とロゴ。午後帯ワイドショー復活の戦略的背景を示す。
フジテレビの午後帯ワイドショー戦略
フジテレビが10月から放送を開始するワイドショーは、系列の関西テレビ(大阪)が制作する「旬感LIVE とれたてっ!」である。この番組は通常2時間の放送枠だが、フジテレビでは平日午後2時45分からの約1時間に限定し、番組の後半部分を放送する形を取る。現在、この時間帯は「ハッピーアワー」と称し、1時間ドラマの旧作を2本連続で再放送している。フジテレビは、この「ハッピーアワー」の後半を「とれたてっ!」に置き換え、もし視聴率が良好であれば、将来的に前半部分も同番組に切り替える構想を抱いているようだ。
「旬感LIVE とれたてっ!」は、関西テレビのみならず、東海テレビなど全国19局で既に放送されている人気番組だ。フジテレビが放送に加わることで、制作局である関西テレビにとってのネット料(番組を放送する局が制作局に支払う料金)は大幅に増加するため、この動きは関西テレビにとって大歓迎だ。
一方で、フジテレビ側にはネット料に関する懸念も存在する。もし期待通りにスポンサーが集まらなければ、ネット料の負担が提供料を上回り、赤字に転落するリスクがあるからだ。フジテレビは視聴者の反応を測るため、これまでも「とれたてっ!」を単発で何度か放送してきた経緯がある。その際の視聴率は決して高くなかったものの、レギュラー放送に移行すれば状況は変わるという判断に至ったと見られる。
午後帯視聴率の現状と他局との比較
フジテレビの「ハッピーアワー」は、現状では他局の午後帯番組に大きく水をあけられ、苦戦を強いられている。同時間帯では、日本テレビが読売テレビ(大阪)制作のワイドショー「情報ライブ ミヤネ屋」(平日午後1時55分)を、TBSはCBC(名古屋)制作の「ゴゴスマ 〜GO GO! Smile! 〜」(同)をそれぞれ放送しており、「ハッピーアワー」は競争に全く歯が立たない状況だ。
具体的に、2024年7月第2週(7〜11日)の世帯視聴率平均値(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を見てみよう。
- 「情報ライブ ミヤネ屋」:4.9%
- 「ゴゴスマ 〜GO GO! Smile! 〜」:5.0%
- 「ハッピーアワー・医龍4(ドラマ2本の平均値)」:1.6%
この数字が示す通り、「ハッピーアワー」の視聴率は他局のワイドショーと比較して著しく低い。この厳しい現実が、フジテレビが再放送枠をワイドショーに切り替える大きな動機となっていることは明らかだ。
「再放送は儲からない」テレビ業界の構造
視聴率の低迷に加えて、再放送枠が「儲からない」というテレビ業界の根本的な問題も、フジテレビの午後帯改革の背景にある。一部で誤解されている向きもあるが、スポンサーからテレビ局が受け取る提供料の金額は、通常制作される番組と再放送では大きく異なる。
例えば、制作費に2000万円を投じた番組があったと仮定する。この場合、民放がスポンサーから受け取る提供料は3000万円を優に超えることが一般的だ。そこから制作費やその他経費を差し引いた金額が、テレビ局の利益となる。
一方、制作費が1000万円の番組であれば、スポンサーからの提供料もそれに比例して半減し、利益も当然少なくなる。テレビ局にとって、制作費が高い番組ほど、結果として得られる利益も大きくなる構造がある。これは、自動車や住宅が高額であるほどマージンが大きくなるのと似た関係性だ。再放送の場合、制作費は実質ゼロであるため、高額な提供料を得ることはできない。これが「再放送は儲からない」と言われる所以である。
このため、日本テレビやTBSといった他局は、基本的に午後帯に再放送をほとんど行わない。過去には日本テレビの元経営陣が、テレビ朝日を嘲笑したこともある。その理由は、テレビ朝日が利益を度外視し、視聴率のみを追求して「相棒」や「科捜研の女」などの人気ドラマを再放送しているからだ。
実際に、2024年度の個人視聴率ではテレビ朝日が3冠王を獲得しているものの、CM売上高では日本テレビが大幅に上回っている。テレビ朝日の売上高が約1743億円であるのに対し、日本テレビは約2221億円と、その差は歴然だ。日本テレビの視聴者層が比較的若いことが主な理由ではあるが、テレビ朝日が平日午後帯に約2時間もの再放送枠を抱えていることも、CM売上高に大きな影響を与えている。
フジテレビのワイドショー復活は、単なる番組編成の変更に留まらず、こうしたテレビ業界特有の収益構造と、再放送が抱える根本的な課題に正面から向き合おうとする試みと言えるだろう。
結論
フジテレビが午後帯にワイドショーを復活させる戦略は、長年の低視聴率と「再放送では利益が出ない」という業界の現実に対する挑戦である。他局との厳しい競争に晒される中、関西テレビ制作の「旬感LIVE とれたてっ!」を導入することで、視聴率の回復と収益改善を目指す。しかし、提供料と制作費の関係性、そして再放送の収益性の低さが浮き彫りになる中、この新たな試みがフジテレビの業績にどれほどのインパクトを与えるかは未知数だ。テレビ業界全体が変革期にある今、フジテレビの午後帯改革の動向は、今後のメディアビジネスの行方を占う上で重要な指標となるだろう。