日本の行方不明者9万人超:「逃げる」ことの多面的な現実と社会の問いかけ

警察庁が発表した「令和5年における行方不明者の状況」によると、全国の行方不明者は9万144人に上り、日本の人口の約1200人に1人が毎年失踪している計算になります。この数字は、多くの人々にとって身近な問題でありながら、その実態はなかなか知られることがありません。ルポライターの松本祐貴さんが、失踪者とその家族に取材し、その背景に迫った書籍『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』は、私たちが「行方不明者」という言葉から抱く固定観念を揺さぶる一冊です。この本は、単なる事件の記録ではなく、失踪という選択の裏にある壮絶な人間ドラマと、そこから生まれる新しい人生の可能性を描き出しています。

『ルポ失踪』が問いかける「逃げる」ことの意義

本書の中で特に印象深いのは、53歳のカメラマンである酒井よし彦さんのエピソードです。幼少期から学校に馴染めず、高校を中退した酒井さんは、ゲイバーで貯めたお金でフランス・パリへの旅行に出かけます。しかし、現地で泥酔し、帰国便を逃してしまったことから、不法滞在のスリ集団と行動を共にするようになり、図らずも「失踪者」となってしまったのです。

『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』の書籍表紙『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』の書籍表紙

その後も波瀾万丈な人生を送った酒井さんは、現在では風俗カメラマンとしてスタジオを経営する傍ら、若者のメンタルを支えるNPOで悩み相談に応じています。彼がそこで伝え続けているのは、「辛かったら逃げていい」というメッセージです。酒井さんの「失踪はガンガンやるべきです。(略)ずっとそこでグルグル回って悩むぐらいなら、失踪すればいいんです。自分ひとりぐらい、いなくなってもなんとかなりますよ」という過激な言葉は、彼自身の体験に裏打ちされた「逃げ方」の提案であり、「逃げること」そのものを否定しない社会の必要性を強く訴えかけています。

高齢化社会における新たな課題:認知症による行方不明

「失踪」は、家族との不和、借金、あるいは単なる連絡不精といった個人的な理由に留まりません。これからの高齢化社会において、深刻な社会問題として見過ごせないのが「認知症による行方不明」です。本書の3章では、認知症の妻が突然姿を消した男性のケースが取り上げられており、著者は「警察や行政、地域、そして家族の力を合わせて向き合っていかなければならない」と記しています。これは、個人の問題として片付けられない、社会全体で取り組むべき課題であることを示唆しています。

失踪の理由は、多岐にわたります。突発的に家を出た人、半グレ団体に追われて逃げた人、実家と連絡を絶っていたらいつの間にか捜索願が出されていた人など、一人ひとりの背景にはそれぞれ壮絶な人間ドラマが存在します。中にはひっそりと命を絶った人もいますが、一方で、酒井さんのように新しい人生を力強く切り開いている人もいるのです。

「失踪」が私たちに問いかけるもの

松本祐貴さんの『ルポ失踪』は、普段なかなか垣間見ることのない失踪者の人生を集めたルポルタージュであり、私たちの固定観念に一石を投じます。この本は、現在の生活から逃げ出したいと感じている人々にとって、何かを考え、一歩を踏み出すきっかけになるかもしれません。そして、失踪という現象を通じて、個人と社会の関係性、そして「逃げる」ことの意味について、深く考察する機会を与えてくれるでしょう。

参考文献

  • 松本祐貴 (2024). 『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか? (星海社新書 354)』星海社.