現在公開中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は、連休中に大きな盛り上がりを見せています。本作に登場する主人公・炭治郎の同期である嘴平伊之助は、その野性的で破天荒な性格が魅力的ながら、山中で孤独に生きてきた過去を持ち、心の奥に深いトラウマを抱えるキャラクターとして知られています。新刊『鬼滅月想譚 ――『鬼滅の刃』無限城戦の宿命論』を著した植朗子氏は、伊之助の心を癒した「ある老女の存在」について言及しています。本稿では、同書からの抜粋を交え、伊之助の精神的成長における重要な側面を掘り下げます。
嘴平伊之助の孤独な幼少期と心の背景
嘴平伊之助は、乳幼児期に親に“捨てられ”、山中でイノシシに育てられたという特異な幼少期を送りました。その後、“母イノシシ”の死後は、さらに孤独に満ちた生活を余儀なくされます。彼は、自分の育った山の近くに住む民家の親切な老人(たかはるの祖父として知られる)からお菓子をもらい、言葉を教えてもらうといった経験はありましたが、人と共に暮らした経験がないため、「家族愛」というものを知らないまま成長しました。
猪の被り物をした嘴平伊之助の姿。鬼殺隊士としての成長と、内面に抱える複雑な感情が垣間見える一枚。
その結果、伊之助は炭治郎や善逸と初めて出会った際、同じ鬼殺隊の隊士であるにもかかわらず“戦い”を挑みます。当時の伊之助にとって、「戦い」は他者との数少ない交流、あるいは遊びの一種であったためです。彼は、人間社会における他者との適切な交流の仕方を理解していませんでした。
藤の家紋の家で芽生えた温かい体験
ある日、任務中に負傷した伊之助は、「藤の花の家紋」の一族の屋敷で身体を休ませる機会を得ます。この一族は、かつて“鬼狩り様”に命を救われた家門の者たちで、その恩義から鬼殺隊の隊士に献身的に尽くしていました。
この屋敷には「ひさ」という名の老女がおり、伊之助の食事や布団の世話、医者の手配など、細やかな気配りで面倒を見てくれました。これまで一人で孤独に生きてきた伊之助にとって、「自分のために誰かが温かいごはんを作ってくれる」という経験は、まさに人生で初めての出来事でした。この温かいもてなしは、彼の心に大きな変化をもたらすきっかけとなります。
「天ぷら」に込められた深遠な意味
鬼殺隊の柱たちが隊士に特別訓練を施す「柱稽古」の際、伊之助はパワーを高めるための「反復動作」と呼ばれる訓練で、「天ぷら 天ぷら 猪突ゥ猛進!!」というかけ声を発します。この反復動作においては、自分の“強い感情”と結びつく出来事を頭に思い浮かべる必要があるとされています。
一見すると食いしん坊のようなコミカルなセリフですが、伊之助がこの時に口にした「天ぷら」という言葉は、老女・ひさが作ってくれた美味しいごはんの記憶でした。例えば、炭治郎が「反復動作」の際に亡き家族や煉獄杏寿郎のことを思い出すのと同様に、伊之助にとってひさの優しさがどれほど重要な「機縁」となっていたのかが、この言葉から深く読み取れます。ひさが与えた温かさと食事は、伊之助の心に深く刻まれ、彼を支える力の源となったのです。
結論
嘴平伊之助の破天荒な振る舞いの裏には、親に捨てられ、孤独の中で育った深い心の傷がありました。しかし、老女「ひさ」との出会いは、彼にとって初めての「誰かからの無償の優しさ」であり、「温かい家族の原型」を体験する機会となりました。ひさが作ってくれた「天ぷら」の記憶は、伊之助の心を癒し、彼の精神的成長を促す上で不可欠な役割を果たしました。
『鬼滅の刃』の物語は、単なる戦闘描写に留まらず、登場人物たちの内面的な葛藤や成長、そして他者との絆がいかに人生を豊かにするかを描き出しています。伊之助の事例は、孤独を乗り越え、他者からの温かさに触れることで人間として成長していく過程を鮮やかに示しており、多くの読者に共感と感動を与えています。
参考文献
- 劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来 公式HP 人物紹介
- 植朗子『鬼滅月想譚 ――『鬼滅の刃』無限城戦の宿命論』
- Yahoo!ニュース: 『鬼滅の刃』伊之助の心を癒やした「ある老女の存在」 植朗子氏が解説