多くの中小企業が事業承継トラブルに直面し、経営者の突然の死が会社の存続を脅かすケースは少なくありません。本稿では、出版社「朝日出版社」創業者に起きた予期せぬ死と、それに伴い露呈した複雑な家族関係、そして経営の命運を握る株式の行方について詳述します。これは、明確な事業承継計画の重要性を示す典型的な事例です。
創業者の突然の死と経営陣の動揺
2023年4月24日早朝、朝日出版社の創業者である原雅久氏(87歳)は、御茶ノ水の病院で静かに息を引き取りました。死因は低栄養と胸椎圧迫骨折による循環血液量減少性ショック。6年間の腎不全と透析治療の末でした。
この訃報は、2代目社長を務める甥の小川洋一郎氏を動揺させました。わずか3日前には入院中の原氏と電話でやり取りし、各部署の担当者が激励されたばかりだったからです。体調不良で入院したものの、すぐに戻ると予想されており、予期せぬ死は会社に衝撃を与えました。小川氏は、今後の対応を整理するため、原氏に付き添っていた担当役員と合流します。
朝日出版社創業者が長年愛用した会長室:事業承継問題が浮上する現場
複雑な家族関係と「葬儀には一切関わらない」宣言
小川氏がまずすべきは、原氏の妻と娘への訃報連絡でした。担当役員を伴い、原氏がかつて暮らした都内の木造戸建て、朝日出版社保有の物件へ向かいます。
しかし、初めて対面した伯母(原氏の妻)からは、小川氏の正体を知るや否や「葬儀には一切関わりません」と冷たく拒絶されました。小川氏は動揺しつつも、娘にも伝えるよう促し、葬儀を会社側で進める旨を伝え、その場を後にするしかありませんでした。
原氏が長らく家族と別居し、他の女性と暮らしていたことを思えば、ある程度の確執は予想されていました。しかし、これほどの強い憎悪が残されていたとは、小川氏も予想外でした。甥であり経営者である小川氏には、多くの対応が求められました。
会社の命運を左右する「株式の行方」という未解決課題
原氏の葬儀は4日後、親族を中心に執り行われ、2カ月余り後には仕事仲間や友人らを招いた「お別れの会」も開催されました。
これらの後始末が進む一方、会社の命運を左右する問題が未解決のまま残されました。それは、朝日出版社の「株式の行方」です。経営者が突然亡くなったことで、会社の経営権の継承が不透明な状況に陥ってしまったのです。当時の小川氏には、この喫緊の課題について考える余裕すらなかったと言います。
まとめ:事業承継計画の喫緊の必要性
朝日出版社創業者・原雅久氏の死は、中小企業が抱える事業承継問題の複雑さとリスクを浮き彫りにしました。経営者の権限集中と、複雑な家族関係が絡み合う中で、株式の継承問題が放置されれば、会社の存続自体が危うくなることを示唆しています。こうした事態を避けるためには、明確な事業承継計画と緊急時の対応策の準備が不可欠です。
参考文献:
- 藤田知也著『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)