ウクライナ戦争長期化の深層:米情報機関はプーチン侵攻計画を「4ヶ月前」に知っていた

ウクライナ戦争はなぜこれほどまでに長期化しているのか。この疑問に対し、元国家安全保障局長である北村滋氏は、戦争序盤こそアメリカの支援によりウクライナが攻勢に出る場面もあったものの、現在は両国ともに相手を決定的に打ち負かす戦略を欠いていることが要因だと指摘します。本記事では、その背後にある米国のインテリジェンス活動と、知られざる初期段階の状況を深く掘り下げます。

ロシアのプーチン大統領、ウクライナ侵攻計画に関する米国の事前情報と長期化する戦争ロシアのプーチン大統領、ウクライナ侵攻計画に関する米国の事前情報と長期化する戦争

ロシア侵攻への序曲:高まる緊張と軍事力の増強

2021年10月以降、ウクライナ軍によるドンバス地方における親ロシア派へのドローン攻撃を契機に、ロシアとウクライナ間の緊張は急速に高まりました。当初9万人程度だったウクライナ国境付近のロシア軍部隊は、侵攻直前には19万人にまで膨れ上がり、現在では約42万人がウクライナ方面に展開していると見られています。

この軍事的な動きと並行して、ロシアは2021年12月17日、NATOの東方拡大停止、ウクライナやジョージアなど旧ソ連構成国の非NATO加盟国への米軍基地創設禁止、および地上配備型の中・短距離ミサイルの配備禁止を盛り込んだ露米安全保障条約案を米国に提示し、交渉を試みました。しかし、2022年2月17日には、米国がこの条約案の基本要素に対し「建設的な回答をしていない」として、ロシアは軍事力行使の可能性に言及するに至りました。そして同年2月24日、ロシア軍はウクライナへの侵攻を開始。首都キーウや各地の軍事施設、飛行場が巡航ミサイルで空爆され、ベラルーシとの北部国境、ロシアとの東部国境、そしてロシアが実効支配する南部クリミア半島との境界から、陸上部隊が三方面から侵攻しました。

米情報機関が見抜いていた侵攻計画の全貌

驚くべきことに、米国はこのロシアによる侵攻作戦の概要を、2021年10月下旬にはすでに把握していました。当時の米軍制服組トップであるマーク・ミリー統合参謀本部議長は、10月27日にはホワイトハウスでバイデン大統領に対し、ロシアが北東南の多方面からウクライナに同時侵攻する計画であることを詳細に説明していたのです。

ミリー議長の報告によれば、ロシアはわずか3~4日で首都キーウを占領し、ゼレンスキー大統領を排除して傀儡政権を樹立することを目指していました。さらに、ウクライナの大部分を占領する計画であることも伝えられました。この情報は、ウクライナと米国をはじめとするNATO諸国が、侵攻の約4ヶ月も前から、ロシアによる全面侵攻作戦を前提とした準備を開始できた決定的な要因となりました。

侵攻4ヶ月前からのウクライナ・NATOの「知られざる」備え

2021年11月上旬、当時のウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA)長官がロシアのプーチン大統領と電話会談を行いましたが、これは米国がすでに把握していた情報を最終的に検証する目的が大きかったとされています。その後、バーンズ長官は翌2022年1月にはウクライナのゼレンスキー大統領と面会し、ロシアの作戦詳細を伝え、インテリジェンス支援を約束したと見られています。

このように、ウクライナ戦争の長期化の背景には、両国が決定的な戦略を欠いている現状がある一方で、米国の高度な情報収集能力が、ウクライナとその同盟国が侵攻に備えるための貴重な時間と情報を提供していたという側面があります。この事前情報がなければ、初期の防衛戦はさらに厳しいものになっていた可能性も否定できません。

結論

ウクライナ戦争の長期化は、単に軍事力の均衡だけでなく、各国の戦略的選択、そしてインテリジェンスの質と活用に深く関連しています。特に、米国の情報機関がロシアの侵攻計画を早期に把握し、ウクライナと共有していた事実は、開戦当初のウクライナの粘り強い抵抗の礎となり、国際社会の対応にも大きな影響を与えました。この複雑な戦争の進展を理解するためには、表面的な戦況だけでなく、こうした水面下の情報戦の動向にも目を向ける必要があります。

参考文献

  • 北村滋 (2023). 『国家安全保障とインテリジェンス』. 中央公論新社.