【よみがえるトキワ荘】「聖地」の模索(4)海外の関心、応える展示





手塚治虫らがかつて暮らしたアパート「トキワ荘」(向さすけさん提供)

 「(4畳半の部屋に)火鉢やちゃぶ台とかあったら面白いですよ。夏も扇風機すらなかったりと、そういうことを再現すると外国の方も喜ばれると思います」

 「外国の方だけでなく、今の若者にとっても珍しいですね」

 平成28年11月15日、「トキワ荘マンガミュージアム」の整備検討会議で、こんなやりとりが交わされた。外国人を意識した展示を提案したのは、「トキワ荘」元住人の山内ジョージさん(79)だ。

 山内さんは昭和35~37年にトキワ荘に住み、石森(後の石ノ森)章太郎、赤塚不二夫のアシスタントを務めた。前回紹介した向さすけさんはトキワ荘のファンの立場で、漫画家としては山内さんが「最後の住人」とされている。

 山内さんには2015年、パリ日本文化会館での鮮烈な体験がある。漢字、ひらがななどの文字を犬や猫といった動物で描く「動物文字絵」がライフワークで、その展覧会がこの年、パリで開かれた。当時の竹内佐和子館長から「元住人なら」と講演を頼まれたところ、「僕の名前なんか知らないのに、トキワ荘というだけで80人ぐらい来たんです」。トキワ荘の知名度を痛感したという。

 「トキワ荘は特にヨーロッパで名前が一人歩きするほど知られている。ミュージアムが完成すれば、外国からも観光客が来ます。建物がいくら精巧に当時を再現しても、中の展示が良くなければ意味がない。彼らをがっかりさせないようにしなければ…」

 東京都豊島区などによると、ミュージアムは2階の漫画家たちの4畳半部屋の一部を忠実に再現し、あたかも住人のような写真を撮影、会員制投稿サイト(SNS)への投稿もできる“なりきり部屋”が設けられる。外国人向けには展示の英文説明に加えペーパーも配布。時代背景の説明展示のほか、元住人のインタビュー映像が館内で流れ、日本語と英語の字幕が入る。

 2階へ行くには、階段の下で靴を脱がなければならない。これも検討会議で議論され、入館時に脱いだり全館土足にしたりはせず、当時の住人の体験に近い方法が選ばれた。階段を上がった先には、冒頭のような昭和30年代の4畳半がある。外国人はこの光景をどう見るだろう。そこは日本人のノスタルジーを刺激すると同時に、山内さんが「お互い漫画を競い合っていた。みんながみんな成功したわけじゃない」と振り返る、厳しい創作の場でもあった。

 「自分は運良くトキワ荘に入れた。恩返しできることは、やりたいと思っています」。山内さんは穏やかな表情で語る。=(5)へ続く



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