TSMC機密漏洩事件:日本企業関与の衝撃と半導体覇権争いの行方

世界を牽引する半導体ファウンドリ、台湾積体電路製造(TSMC)の最先端技術が流出したとされる事件が、台湾と日本に大きな波紋を広げています。当初、中国共産党の関与も疑われましたが、日本企業の関与が浮上したことで、国際的な半導体競争における緊張感が一層高まっています。この事件は、世界の半導体産業の未来、特に2ナノメートル(nm)プロセス技術の覇権争い、さらには日台間の微妙な関係にも影響を与える可能性があります。

日本企業関与の衝撃と機密流出の詳細

米ニューヨーク・タイムズ(NYT)の報道によると、台湾検察はTSMCの営業秘密を不正に取得した疑いで、同社の元・現職社員3名を逮捕・拘束しました。TSMCは社内モニタリングで不審な行動を検知し、即座に検察に通報。台湾高等検察署(高検)の知的財産権部門が国家安全法違反の有無について捜査を進めています。台湾現地メディアの報道では、流出が疑われている機密が日本の装置メーカー「東京エレクトロン(TEL)」を通じて、日本の半導体ファウンドリ企業「ラピダス(Rapidus)」に渡り、開発中の装置調整の参考資料として活用された可能性が指摘されています。ラピダスは、日本の半導体産業を再建する目的で日本政府と大手企業が出資し、2022年に設立された注目の企業です。

先端2ナノプロセス競争と技術流出の背景

今回TSMCが流出を疑っているのは、次世代の核となる2ナノメートルプロセス技術です。世界ファウンドリ市場で67.6%の圧倒的シェアを誇るTSMCは、世界初の2ナノプロセス適用チップを年内に量産する計画であり、すでにアップルやエヌビディアといった大手テック企業との契約も締結しているとされます。一方、韓国のサムスン電子ファウンドリも、テスラのAIチップ「AI6」を2ナノプロセスで製造し、2027~2028年に米テキサス州で量産する見込みです。ラピダスも2027年の2ナノ量産を目標に掲げ、今年7月には試作品も公開しましたが、大口顧客の確保や独自技術の不足という課題を抱え、米国のIBMやベルギーのIMECから技術支援を受けているのが現状です。TSMC、サムスン、インテルという世界でわずか3社しか進出できていない先端ファウンドリ事業にラピダスが参入しようとする中で、今回のTSMCの2ナノ技術流出疑惑は、競争の激しさを象徴する出来事と言えるでしょう。

日台関係の変化とアジアに広がる技術流出の波紋

今回の事件は、これまで蜜月関係にあった台湾と日本の半導体協力関係に変化の兆しをもたらす可能性も指摘されています。昨年初め、TSMCの熊本工場は計画発表からわずか28カ月という異例の速さで完成し稼働を開始し、すぐに第2工場の建設も決定されました。しかし、TSMCは先月の4-6月期決算発表で、熊本第2工場の具体的な生産スケジュールに言及しませんでした。TSMCがすでに米国に大規模な投資を進めている背景から、日本での事業展開の速度に調整が入る可能性も指摘されています。

世界的な半導体メーカーTSMCの台湾高雄工場。機密漏洩事件の中心となる最先端技術がここで開発されている。世界的な半導体メーカーTSMCの台湾高雄工場。機密漏洩事件の中心となる最先端技術がここで開発されている。

半導体産業の国家的な重要性が高まる中、今回の事件は、台湾だけでなく韓国や中国でも深刻化する技術流出問題の一端を浮き彫りにしています。台湾検察は、今回の事件が2022年に改正された台湾国家安全法の「国家核心技術への無断アクセス」に関する初の事例であると明言しており、この法律では国家の先端技術流出をスパイ行為と規定しています。香港サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)によると、今年7月には上海法院がファーウェイの半導体子会社ハイシリコンを退職後に通信チップのスタートアップを設立した元社員14名に対し、機密窃盗の罪で実刑判決を言い渡しました。また、韓国ではSKハイニックスの先端メモリ技術を流出させた疑いで元中国法人駐在員が拘束され、現在も裁判が続いています。

今回のTSMCの機密流出事件は、単なる企業間の問題に留まらず、各国の半導体覇権を巡る激しい競争と、それに伴う技術保護の重要性が増している現状を改めて示すものとなりました。世界経済の根幹を支える半導体技術の保護と、国際的な協力関係のバランスが、今後ますます問われることになりそうです。


参考文献:

  • ニューヨーク・タイムズ(NYT)
  • 台湾経済日報
  • 日本経済新聞
  • 香港サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)
  • ロイター通信
  • 聯合ニュース