アメリカの保健福祉省長官を務めるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、公衆衛生システムに対し、物議を醸すような変更を進めており、国内外で大きな注目を集めています。同氏は、子どものワクチン接種スケジュールに関して誤った情報を広めたり、信頼性の高いワクチン諮問委員会のメンバーを、誤情報の拡散で知られる人物と入れ替えたりするなどの行動で、専門家や医療団体から厳しい批判を受けています。
アメリカ医師会(AMA)やアメリカ小児科学会(AAP)といった主要な医療団体は、ケネディ氏によるこれらの改変に明確に反対の姿勢を示しており、一部の大手医療機関は、新型コロナウイルスワクチン接種スケジュールに加えられた変更を巡り、実際に訴訟を起こすに至っています。
過去の「人種差別的」発言が問題視される背景
ケネディ氏がワクチンに対して懐疑的、あるいは攻撃的な姿勢を取るのは、今回に始まったことではありません。今年初めに行われた上院承認公聴会でも、彼の反ワクチン的な発言は主要な争点の一つとなり、特に黒人コミュニティとワクチンに関する過去の発言が厳しく問われました。
彼はかつて、「黒人の免疫力は我々(白人)より強いから、白人と同じワクチン接種スケジュールを与えるべきではない」と発言しました。この発言の真意を問われた際、ケネディ氏は「一連の研究」によると「黒人はより少ない抗原で済む」と主張しましたが、この主張は専門家によって事実ではないと断言されています。
保健福祉省長官を務めるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏の肖像。
医療に関する誤情報をSNS上で検証・訂正しているジョエル・バーヴェル医師はハフポストUS版に対し、「ワクチン接種スケジュールは現在、年齢、感染リスク、慢性疾患の有無などを基準に調整されており、人種はその基準に含まれておらず、人種を基準にすべきだと示す研究も存在しない」と明確に述べています。バーヴェル医師は、ケネディ氏が2021年の発言を撤回するどころか、改めて正当化した点を特に問題視しており、「誤情報そのものの存在ではなく、それに正面から向き合おうとしない、あるいは誤りを認めようとしない姿勢が問題だ」と指摘しています。
専門家が指摘する「科学的人種差別」の深刻な危険性
バーヴェル医師をはじめとする専門家は、ケネディ氏の発言が「科学的人種差別」という重大な問題をはらんでいると警鐘を鳴らしています。バーヴェル医師は、「医学や科学の分野では、人種とは社会的構築物であり、遺伝子を見ただけで人種を特定することはできないとされている」と語ります。この認識に基づけば、人種によってワクチン接種スケジュールを変えるという考え方は、科学的に見て全く無意味であり、根拠を欠いています。
内科医でありHIV治療にも携わるオニ・ブラックストック医師は、ケネディ氏が発したワクチン接種スケジュールに関する発言は、「基本的に“科学的人種差別”であり、すでに否定されている理論だ」と断じています。ブラックストック医師は人種における医療の公平性を専門とするコンサルティング会社Health Justiceの代表でもあります。彼女は、「ケネディ氏は、黒人と白人は生物学的に異なるという虚偽の信念を永続化させ、それによって黒人に対して異なる(結果として不平等な)医療を正当化しようとしている」と強く指摘します。
歴史が示す「科学的人種差別」の悲劇
人種に基づいた医療や科学的人種差別は、過去に黒人患者への過少治療、痛みの軽視、さらには生命の喪失にまでつながってきたと、ブラックストック医師は強調します。具体的な例として、バーヴェル医師は、過去に黒人は白人よりも腎機能が優れているという誤った考えに基づき、黒人が腎移植などの必要な治療を受けづらくなっていた事例を挙げています。
さらに、1793年のフィラデルフィアでの黄熱病流行時にも、黒人は黄熱病に対して耐性があるという誤解が広まりました。この誤った信念により、結果として黒人の死亡率は非常に高くなったとブラックストック医師は指摘しています。「こうした神話が危険なのは、人種を根拠に異なる治療を行うような規定が設けられ、受けられる医療の質を変えてしまう可能性がある点だ」とバーヴェル医師は警告しています。
ケネディ氏の保健福祉省長官としての行動や発言は、公衆衛生の根幹を揺るがしかねないだけでなく、歴史的に繰り返されてきた「科学的人種差別」の危険性を再び浮上させるものとして、国内外の医療・科学コミュニティから強い懸念が表明されています。科学的根拠に基づかない主張が公衆衛生政策に影響を与えることのないよう、今後の動向が注視されています。