「論語」に「七十にして心の欲するところに従えども、矩を踰(こ)えず」という言葉がある。つまり、70歳を過ぎれば心のままに行動しても、道理や道徳から外れることはないという意味だ。しかし、長年にわたり政治学者として活躍し、テレビでもお馴染みの気鋭の論客であった姜尚中氏(75)の場合、その老境が「思うがまま」を逸脱しているのではないかとの疑念が浮上している。彼が学院長を務める長崎県の鎮西学院で、その「実像」を巡る騒動が明るみに出た。
政治学者・姜尚中氏の肖像。鎮西学院での言動が問題視されている
鎮西学院で何が起きたのか:暴言問題の表面化
長崎県諫早市に位置する鎮西学院高校は、144年の歴史を持つキリスト教系の名門私学であり、県内でも屈指の教育機関として知られている。その運営母体である学校法人の公式ウェブサイトに今年5月、異例の文章が掲載され、NHKや全国紙が報じる事態に発展した。
公開されたのは、100ページを超える詳細な「調査報告書」だ。この報告書は、2018年から学院トップである学院長を務める姜尚中氏が、昨年2月の臨時理事会において不適切な暴言を発したとされる問題について調査し、その改善を促す内容を含んでいた。ところが、この報告書の公表と同時期に、姜氏自身が「何ら恥じるところはありません」と述べる「所感」も同じウェブサイト上で公開されたのである。これは、法人の公式見解とトップである学院長の個人的な見解が真っ向から対立し、同じ場所に並ぶという極めて異様な状況を生み出した。
「調査報告書」が明かす姜氏の“本性”とメディアの印象の乖離
「調査報告書」が具体的に指摘するのは、姜氏が学院の監事を務める弁護士に対し、「大学生以下だ」「あなたのような人が弁護士をやっているとは信じられないよ」といった強い言葉を発したとされる点である。姜氏といえば、かつては東京大学名誉教授の肩書を持ち、テレビ番組で落ち着いた語り口で鋭い論評を展開する政治学の重鎮として多くの人に知られていた。その知的なイメージからは想像し難い発言内容だ。
鎮西学院高校のOBであり、卓球元日本代表の宮崎義仁氏は、この姜氏の「二面性」について言及している。宮崎氏は「メディアで目にする印象と実像は全く違う」と語り、公の場での落ち着いた姿と、実際の理事会での言動との間に大きな隔たりがあることを示唆した。このような証言は、長年培われてきた姜氏のパブリックイメージに疑問を投げかけるものとなっている。
理事会での衝突:匿名性巡る議論の核心
宮崎氏も外部理事の一人として参加していた問題の理事会では、具体的にどのようなやり取りがあったのだろうか。議論のきっかけは、監事を務める弁護士が、法人が運営する鎮西学院大学現代社会学部の学部長選挙において、投票用紙に番号が付されていたという情報提供があったことを報告し、匿名性が脅かされる危険性があると意見書を提出したことに始まる。
これに対し、姜氏は、選挙を取り仕切った事務局長に監事が事前にヒアリングを行っていないことを問題視し、激しい口論に発展したという。姜氏は「まず事務局長に連絡すべきで、こんな文書を理事会に出すのは不適切だ。トラブルをチェックするはずの監事がトラブルメーカーになっているじゃないか」と発言したとされる。しかし、宮崎氏はこれに対し、「匿名の情報提供を当事者に伝えて解決しようとすれば、それは隠蔽(いんぺい)につながる危険性がある」と反論している。監事の役割は学内の問題点を公正に調査し報告することであり、弁護士はまさにその本来の業務を全うしたまでであると、宮崎氏は述べている。この一連の出来事は、学園運営における透明性と内部告発の保護という重要な課題を浮き彫りにしている。
まとめ:著名人の言動と組織の責任
今回の鎮西学院における姜尚中氏の「暴言」騒動は、一人の著名な学者の言動が、その所属する教育機関全体に波紋を広げ、信頼性に関わる問題となることを示した。特に、公に知られるイメージと、実際の場で示される振る舞いの間に大きな乖離がある場合、その影響はより深刻になる。第三者委員会による調査報告書の公表と、それに対する当事者からの異論が同時に示されるという異例の状況は、学園内のガバナンスにおける課題を明確にしている。
この一件は、いかなる組織においても、そのトップに立つ人物の言動が、組織の透明性、公正性、そして倫理観に直結するという重要な教訓を与えている。教育機関においては、学問の自由と倫理的規範のバランスをどのように保つかが、今後も問われ続けるだろう。
参考文献
- デイリー新潮 (2025年8月12日). 「『論語』でいう“従心”とは程遠い」75歳・姜尚中氏が鎮西学院で“パワハラ”暴言? 理事会で「大学生以下」. https://www.dailyshincho.jp/article/2025/08120558/
- Yahoo!ニュース (2025年8月12日). 姜尚中氏「まるで二重人格」と評された暴言騒動の全貌 (『デイリー新潮』より). https://news.yahoo.co.jp/articles/035c79474a4f1d9094aa019e487697af2fc3cb42
- 鎮西学院 公式ウェブサイト. (参照日: 2024年XX月YY日). 「第三者委員会調査報告書」および「学院長の所感」. (具体的なURLは不明のため一般化)