2015年、都市の漠然とした魅力を言語化しようと試みたレポート『Sensuous City[官能都市]』が発表され、「このまち、なんかいいよね」と感じさせる多様な都市が上位にランクインしました。東京都文京区を筆頭に、武蔵野市、台東区、目黒区、品川区、荒川区といった都心3区以外のエリアや、金沢市、静岡市、盛岡市などの地方都市が官能性の高い街として評価され、多くの人々に街の新たな価値を提示しました。
しかし、それから10年を経て2025年9月に公表された『Sensuous City[官能都市]2025』では、この傾向は一変。東京都千代田区、中央区をはじめとする大都市の都心エリアがランキングを席巻しました。開発が進む都市部こそが「官能的」、すなわち魅力的で楽しい街であるという評価へとシフトしたのです。この劇的な変化の背景には何があるのでしょうか。レポートを制作したLIFULL HOME’S総研の島原万丈所長の見解を交えながら、その深層を探ります。
10年前の「官能都市」:多様性と固有の魅力が評価された時代
10年前の『Sensuous City[官能都市]』は、再開発による立ち退きを控えた武蔵小山駅近くの飲み屋街の描写から始まり、都市開発やタワーマンションがもたらす均質性に批判的な視点を含んでいました。当時の官能性の高い都市とは、急速な変化を遂げる都心部ではなく、古き良き街並みを残し、多様な楽しさと固有の魅力を持つ場所が大半を占めていたのです。小規模事業者が息づく路地裏や、地域に根ざした商店街などが持つ、人間味あふれる「官能性」が重視されていました。
2025年版の変貌:都心集中と新たな魅力基準
ところが、2025年の調査結果はかつての評価基準とは真逆の様相を呈しています。開発が集中的に進められている大都市の中心部が上位を独占し、かつて「元祖センシュアスシティ」とされたエリアの多くは軒並み順位を下げる結果となりました。島原所長は「集計が出た瞬間、なんじゃこれはと衝撃を受けました」と語り、調査設計や自治体区分に変化があったことを認めつつも、全体の方向性が根本的に変わったことに驚きを隠しません。この変化は、単なる順位変動以上の、都市に対する価値観の大きな転換を示唆しています。
変化の背景:社会情勢と都市計画の転換がもたらす影響
過去10年の間には、コロナ禍という未曾有の事態が発生し、多くの小規模事業者が都市から退場を余儀なくされました。同時に、全国で大規模な再開発が加速し、タワーマンションが都市景観の主役に躍り出ました。一方で、建築費の高騰やその他の経済的要因により、一部の開発計画が行き詰まる兆候も見え始め、国全体の都市計画そのものも転換期を迎えています。
これらの複合的な要因が、都市の「官能性」の定義を変質させたと考えられます。コロナ禍を経て、人々は便利さ、安全性、そして効率性を都市に求めるようになった可能性があり、再開発された都心部の快適性や機能性が、新たな「魅力」として認識されるようになったのかもしれません。かつての多様性が失われたとしても、現代の都市が提供する「利便性」や「洗練された空間」が、新たな官能性を生み出していると言えるでしょう。
現代の都市開発と再開発が進む日本の街並み。タワーマンションが立ち並び、過去10年間の都市の変化、コロナ禍や建築費高騰、国の都市計画の転換が反映されている様子を示す。
結論:都市の価値観は常に進化する
『Sensuous City』ランキングの10年間での劇的な変化は、都市に求める価値観が社会情勢や経済状況、そして人々のライフスタイルの変化とともに絶えず進化していることを明確に示しています。かつては個性的で多様な街並みに官能性を見出していたが、現代では大規模な都市開発によって生まれる利便性や効率性、そして現代的な美学が、新たな「官能都市」の基準となりつつあります。この変遷は、今後の街づくりや都市計画において、何を重視すべきかを問いかける重要な指標となるでしょう。
参考文献
- 『Sensuous City[官能都市]』 (2015年)
- 『Sensuous City[官能都市]2025』 (LIFULL HOME’S総研, 2025年9月公表)
- Yahoo!ニュース: 「この街、なんかいいよね」の官能都市ランキング、10年で激変した理由(東洋経済オンライン)
- 東洋経済オンライン: 2025年版「センシュアス・シティ ランキング」総合順位の上位30は?