2025年8月15日、天皇陛下は皇后雅子さまとともに、東京都千代田区の日本武道館で執り行われた全国戦没者追悼式に臨席されました。310万人にも及ぶ戦没者を偲び、全国から集まった3358人の遺族や参列者と共に黙とうを捧げられました。戦後80年という節目の年を迎え、陛下の「おことば」には、戦争の記憶を次世代へ継承する強い願いが込められています。高齢化が進む戦没者遺族の胸中には、今も割り切れない思いが残っています。
天皇皇后両陛下、全国戦没者追悼式で戦没者を追悼
厳粛な追悼式典:陛下の深い祈りと遺族の思い
式典中、武道館会場の壇上に着座された天皇陛下は、軽く握ったこぶしを膝に添え、その表情は終始、厳粛なものでした。石破茂首相、衆参両院議長、そして戦没者遺族代表らが順に追悼の辞を述べるたび、陛下は椅子に座り直し、体を壇上へと向けられます。いつもの柔和な表情とは異なり、一人ひとりの言葉を全身で受け止めるかのように、深く聞き入るお姿が見られました。隣に座られた皇后雅子さまは、まっすぐ会場全体に視線を向け、戦没者の遺族の方々へと思いを寄せられているようでした。
正午の時報が鳴り響く中、陛下と雅子さまは標柱の前まで歩み出て、深々と黙とうを捧げられました。その後の「おことば」では、「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います」と述べられました。この言葉は、戦後80年という時を経て、戦争の記憶を風化させることなく、未来へ伝えることの重要性を強く訴えかけるものでした。
令和の慰霊の旅:記憶を辿る陛下の足跡
天皇陛下は、2月の誕生日会見においても、戦後80年に向けた思いを「各地で亡くなられた方々や、苦難の道を歩まれた方々に、改めて心を寄せていきたい」と述べておられます。その言葉の通り、天皇皇后両陛下は、これまでの「令和の慰霊の旅」の中で、先の大戦におけるいくつかの象徴的な地を訪問されています。
2025年4月には、激戦地の一つであり「玉砕の島」として知られる小笠原諸島の硫黄島を訪れられました。6月には激しい地上戦が行われ、日米両軍と住民らおよそ20万人が犠牲になった沖縄、そして原子爆弾の悲劇を経験した広島へと足を運ばれました。さらに7月にはモンゴルを訪問し、日本人抑留犠牲者を悼む慰霊碑に深く祈りを捧げられました。これらの訪問は、戦争の悲惨さを肌で感じ、平和への誓いを新たにするための重要な行事となっています。
硫黄島の記憶:遺族が語る戦場の実情
この日、全国戦没者追悼式の会場には、日本側の遺族でつくる「硫黄島協会」事務局長の八巻功さん(80)も参列されていました。八巻さんの父・明さんは、28歳の若さで硫黄島で戦死され、その遺骨は今も見つかっていません。父からの最後の葉書には、「餅なしの正月を迎えた」と書かれていたと言います。政府の記録では、玉砕前の1月4日に亡くなったとされています。
硫黄島では、1945年2月に上陸した米軍と、栗林忠道陸軍中将率いる日本軍との間で激しい戦闘が繰り広げられました。日本側はおよそ2万人、米国もおよそ6800人が戦死し、その凄惨さから「玉砕の島」と呼ばれています。東京の本土から南に約1200キロ離れたこの島は、東西8キロ、南北4キロの小さな孤島で、111ある活火山のひとつです。島全体の隆起が続き、小さな噴火が頻繁に起こっています。
八巻さんは硫黄島の過酷な環境について、「島に一歩足を踏み入れると、まず地熱の高さに驚きます。小川すらない渇水の島ですから、ちょっと地面を掘ると土埃がモウモウと舞う」と語ります。また、「18キロもの地下トンネルを駆使し、1カ月余りにわたる徹底した持久戦が行われました。岸壁や地下に掘られた壕の跡に入ると、サウナのように熱がこもっている。水を求めてひどい渇きに苦しんだ。ここを訪れる遺族は、戦死した肉親のためにみんな水やお茶を持ってゆくんです」と、当時の兵士たちの苦難と、遺族の思いを共有しました。
硫黄島鎮魂の丘で献花される天皇皇后両陛下
天皇皇后両陛下の硫黄島ご訪問とその意味
天皇皇后両陛下が硫黄島を訪問された4月25日は、雨が降っていました。硫黄島島民平和祈念墓地公園には、日米全ての犠牲者のための「鎮魂の丘」が広がっています。この公園の敷地内には、軍属として徴用され犠牲となった82名の島民の名が刻まれた碑や、2万人の将兵の霊を慰める碑「天山慰霊碑」が建てられています。特に天山慰霊碑の上部には、暗い地下壕の中で日光を思い、飲料の雨水を激しく求めた戦士の心境に寄り添うように、天窓が設けられています。
天皇皇后両陛下の慰霊の旅は、単なる歴史の追体験にとどまらず、過去の悲劇から学び、未来の平和と人々の幸せを希求するという、皇室の強い願いと国民へのメッセージが込められています。戦後80年を迎え、戦争の記憶が薄れゆく中で、両陛下の行動は、改めて平和の尊さ、そして命の重みを私たちに教えてくれています。