マダニ媒介「SFTS」の脅威:ペットからの感染拡大と予防策を獣医が解説

近年、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の感染が日本全国で拡大の一途を辿っています。特に今年は6月末までの患者数が過去最多を記録し、その脅威が改めて浮き彫りになりました。注目すべきは、これまで主にマダニに直接咬まれることで感染すると考えられてきたSFTSが、犬や猫といったペットを介してヒトに感染する事例が相次いでいる点です。実際に感染したペットを診察した獣医師が亡くなるケースも発生しており、医療従事者だけでなく、一般のペット飼育者にとっても喫緊の課題となっています。本稿では、感染拡大が続くSFTSの現状と、特にペットからの感染経路に焦点を当て、その具体的な脅威、そして現役獣医による予防策について詳細に解説します。

SFTSとは何か?その症状と致死率

SFTSは、SFTSウイルスによって引き起こされる人獣共通感染症であり、主にマダニが媒介します。潜伏期間は6日から14日とされ、主な症状としては発熱、消化器症状(食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛など)、倦怠感、リンパ節の腫れ、筋肉痛、頭痛などが挙げられます。血液検査では、病名にもあるように血小板や白血球の減少が見られます。特に懸念されるのはその致死率の高さで、発症者の致死率は約27%にも及びます。さらに、発症者の約9割が60代以上であるというデータもあり、高齢者は特に重症化しやすい傾向にあることが分かっています。現在のところ、SFTSに対する特異的な治療薬やワクチンは確立されておらず、対症療法が中心となります。

ペットからのSFTS感染:新たなリスクと獣医の最前線

これまでSFTSの主要な感染経路は、ウイルスを持つマダニが直接ヒトを咬むことでした。しかし近年、感染した犬や猫が発症したり、症状がなくてもウイルスを保有している状態で、それらの動物からヒトへの感染が確認される事例が増加しています。特に猫は、感染すると重症化しやすい傾向にあり、体内に高濃度のウイルスを保有することが知られています。感染したペットを飼育している家庭では、動物との濃厚接触(抱っこ、キス、グルーミング、傷口の接触など)を通じて飼い主がウイルスに曝露するリスクが高まります。

公園や河川敷など、SFTSウイルスを媒介するマダニが生息する草地公園や河川敷など、SFTSウイルスを媒介するマダニが生息する草地

最も危険に晒されているのは、感染した動物と直接接する獣医療従事者です。実際に、感染した猫を診察・治療した獣医師や動物看護師がSFTSに感染し、亡くなるという痛ましいケースも報告されています。これは、動物の体液(唾液、血液、排泄物など)に触れることでウイルスに感染する可能性があることを示唆しており、獣医療の現場では特に厳重な感染防御策が求められています。

感染拡大の背景と環境リスク

マダニは、公園、河川敷、農耕地、里山など、草木が生い茂る場所に広く生息しています。人がこれらの場所で活動する際にマダニに咬まれるリスクがあるのはもちろんですが、散歩中の犬や猫がマダニに寄生され、それを家庭に持ち帰ることで、感染リスクが身近なものになりつつあります。都市部においても緑地が増え、マダニの生息域が拡大していることも、感染報告が増加している一因と考えられます。また、温暖化などの気候変動もマダニの活動期間を長期化させ、生息範囲を広げている可能性が指摘されており、感染症リスクの増加につながっています。

現役獣医が語るSFTSの現場

実際にSFTSウイルスに感染した猫を診察した経験を持つ獣医師によると、猫は急激に症状が悪化し、致死率も非常に高いことが実感されるといいます。これらの動物を診察する際には、通常の感染症対策では不十分であり、厳重な個人用保護具(ガウン、手袋、マスク、ゴーグルなど)の着用が不可欠であると強調します。動物に発熱や食欲不振といったSFTSを疑う症状が見られた場合は、速やかに動物病院を受診することが重要です。早期診断は動物の治療だけでなく、ヒトへの感染リスクを低減するためにも極めて大切となります。獣医師は、ペットの健康管理を通じて、間接的に公衆衛生を守るという重要な役割を担っており、SFTS対策におけるその知見と経験は不可欠です。

SFTSから身を守るための実践的予防策

SFTSから自身と家族、そしてペットを守るためには、以下の予防策を徹底することが重要です。

  • マダニ対策の徹底:
    • 野外活動時: 草むらや藪などマダニが多く生息する場所に入る際は、長袖・長ズボンを着用し、肌の露出を避けましょう。シャツの裾はズボンの中に入れ、ズボンの裾は靴下や長靴の中に入れるなどして、マダニが肌に到達しにくい服装を心がけます。
    • 忌避剤の使用: ディート(DEET)やイカリジン(Icaridin)などの有効成分を含む虫よけスプレーを、露出部分や服に適切に使用します。
    • 帰宅後のチェック: 野外から帰宅した際は、衣類や体にマダニが付着していないか入念にチェックしましょう。特に入浴時は、髪の毛の中や耳の裏、脇の下、足の付け根など、マダニが隠れやすい場所を確認します。
  • ペットの管理と予防:
    • 定期的な駆除薬の投与: 動物病院で処方されるマダニ駆除薬を定期的に使用し、ペットへのマダニ寄生を防ぎます。これはペット自身の健康を守るだけでなく、ヒトへの感染リスクを減らす上でも非常に効果的です。
    • 散歩後のチェック: 散歩から帰ったら、ペットの被毛をよくとかし、マダニが付着していないか確認します。マダニを見つけた場合は、素手で触らず、ピンセットなどで潰さないように慎重に除去し、適切に処理しましょう。無理に除去しようとすると、マダニの口器が皮膚に残ってしまう可能性があるため、難しい場合は動物病院に相談してください。
    • ペットの体調管理: ペットに発熱、食欲不振、元気がないなどの症状が見られたら、かかりつけの動物病院に早めに相談し、必要に応じてSFTSの検査を受けることも検討しましょう。

結論

SFTSは、その致死率の高さと感染経路の多様化により、日本における公衆衛生上の深刻な脅威となっています。特にペットからの感染リスクが顕在化している現状において、マダニ対策の徹底だけでなく、愛するペットの健康管理が自身の健康を守る上でも極めて重要であることを認識すべきです。日々の予防策を実践し、もし体調に異変を感じたり、ペットの様子がおかしいと感じたら、速やかに医療機関や動物病院を受診することが、SFTSの拡大を防ぎ、命を守るための鍵となります。正確な情報を基に行動し、専門家の助言に従うことが、この見えない脅威から私たちを守るための最善策です。

参考文献: