高校野球 指導スタイル変革:大社高校 石飛監督が導いた「共闘」の道

現代社会における人材育成や組織運営において、主体性や自律を促す指導法への関心が高まっています。特に、日本の高校野球界では、旧来の「スパルタ式」指導から脱却し、選手個々の成長を重視する新たなアプローチが注目を集めています。青森県の弘前学院聖愛高校が「ノーサイン野球」で選手の自立を促す一方、島根県立大社高校の石飛文太監督は、自らの指導スタイルを「指示・強制」から「見守り」、そして「先導・共闘」へと進化させ、チームを甲子園での躍進へと導きました。本稿では、石飛監督の試行錯誤から生まれた独自の指導哲学が、いかにして成果を生み出し、ビジネスの現場にも示唆を与えるのかを深掘りします。

「スパルタ」から「見守り」へ:指導スタイルの模索

大社高校は2024年夏、実に32年ぶりに甲子園の土を踏み、93年ぶりとなるベスト8まで勝ち進むという快挙を達成しました。石飛監督が2020年に就任した当初、彼は自身を「典型的な強制型の指導者」と認識していました。「グラウンドでは常に怒鳴り、選手との雑談はあり得ない。厳しさが高校野球では当然だと考えていた」と振り返ります。

しかし、就任後初の夏に厳しく鍛え上げた選手たちが県大会決勝まで進んだ自信とは裏腹に、翌2022年の夏には県予選初戦で敗退するという挫折を経験します。この敗戦こそが、石飛監督が指導法を見直す決定的な転機となりました。「厳しさが足りなかったと思い、さらに厳しくしたにもかかわらず、選手たちがついてこないことに気づいた」と石飛監督は当時を語ります。「『このままでは甲子園には行けないぞ』と言っても、もはや選手に響かない。自分の自信喪失が方針転換の始まりだった」と明かします。この経験が、従来の指導法では選手の心は離れていくという現実に直面させたのです。

2024年夏の甲子園で躍進した大社高校野球部の選手が「先導・共闘スタイル」で躍動する様子。2024年夏の甲子園で躍進した大社高校野球部の選手が「先導・共闘スタイル」で躍動する様子。

新たな境地:「先導・共闘スタイル」の確立

厳しさだけでは通用しないと悟った石飛監督は、まず「見守りスタイル」へと移行しました。コーチが指導する傍らで、監督自身は選手たちの様子を細かく観察し、ミスがあればその前後まで見て、状況に応じて必要な助言を送るというものです。この「見守り」のアプローチが功を奏し、2023年の春には島根県大会で優勝を果たします。この成功が、指導の方向性が正しいという確信を監督に与えました。

自信を深めた石飛監督は、さらに指導手法を磨き上げ、最終的に「見守る」だけでなく、選手たちと「共に戦う」という「先導・共闘スタイル」へと辿り着きます。このスタイルでは、監督自らが雨の中で泥まみれになったり、練習や試合中に大声を張り上げたりと、積極的にチームの雰囲気づくりに関わります。一方で、自身の迷いや感情を選手に率直に示し、時には作戦について選手に相談することすらあります。選手側からも「監督さん、ここはバントです」と意見が出るほどの関係性を築き、昨夏の甲子園では、緊迫した場面で送りバントの選手を挙手で募る一幕も見られました。

石飛監督は「昔の私は、選手に意見を求めるのは指導者の逃げだと考えていた。名将なら違うかもしれないが、私と選手では考えていることに大きな差はない」と語ります。試行錯誤の末に確立されたこの「上意下達ではない野球」こそが、甲子園での快進撃とベスト8進出の大きな要因の一つとなったのです。これは、リーダーが一方的に指示するのではなく、チーム全体で課題に向き合い、解決策を導き出す「共創」の重要性を示しています。

自律を育む指導哲学:ビジネスへの示唆

室内練習場で練習に励む選手たちを眺めながら、石飛監督は「うちの選手って、自然体で等身大だと感じませんか? 私の目を気にして練習している選手が一人もいない。それは私が自然体でいるからかもしれませんね」と解説しました。監督が選手と等身大で向き合い、共に目標に向かって戦う姿勢が、選手たちの自律的な思考と行動を促しているのです。

石飛監督自身は「主体性を育むなどとは考えたことがない」と謙遜しますが、周囲からは「選手が主体的だ」と評価されることが多いといいます。これは、指示や強制ではなく、共感と共闘を通じて、結果的に個人の能力が最大限に引き出されるという現代的な人材育成の理想形を示唆しています。ビジネスの現場においても、上司が部下を「見守り」、時には「共に汗を流し」、弱みを見せながらも「共に考える」姿勢が、社員の主体性やエンゲージメントを高め、組織全体の成長を促す上で重要なヒントとなるでしょう。

結論

大社高校の石飛文太監督が実践する「先導・共闘スタイル」は、単なる野球指導法の進化に留まらず、現代社会が求めるリーダーシップと人材育成のあり方を体現しています。自身の弱さを認め、選手たちと共に悩み、共に答えを見つけるプロセスを通じて、選手たちは自律性と主体性を育み、チームは歴史的な成果を上げることができました。この「上意下達ではない」新たな指導の形は、スポーツ界のみならず、企業や組織における人材開発、チームビルディングにおいて、実践的な示唆に富んだ成功事例として大いに注目されるべきでしょう。


参照元

Yahoo!ニュース: 弘前学院聖愛、ノーサインで自立促し甲子園