世界的に深刻化する海洋プラスチックごみによる環境汚染は、日本においても喫緊の課題となっています。特に日本海沿岸の自治体は、アジア諸国からの漂着ごみ問題に長年悩まされており、その対応に追われています。国際社会では、世界初のプラスチック汚染防止条約の策定に向けた政府間交渉がスイスで開かれましたが、合意には至らず、問題解決への道のりの遅れが懸念されています。一方で、日本は世界有数のプラスチック排出国でもあり、国内外からの海洋汚染を防ぐための多角的な対策が強く求められています。
対馬に迫る「国境を越える漂着ごみ」の実態
韓国・釜山から約50キロメートルという地理的近接性を持つ長崎県対馬市では、海岸がポリタンクやペットボトルといったプラスチックごみで埋め尽くされる深刻な状況が常態化しています。観光ガイドの坂田彰子さん(45)は、清掃活動を重ねても「大雨や台風の度に新たなごみが流れ着く」と現状の厳しさを訴えます。市の集計によると、年間の漂着ごみは3万~4万立方メートルにも及び、その半分以上がプラスチック製品です。昨年度回収されたペットボトルの分析では、中国・台湾からの漂着が54%、韓国からは38%を占め、漂着ごみ問題が隣国からの越境汚染であることを明確に示しています。
長崎県対馬市の海岸に大量に漂着したプラスチックごみ
世界的課題としてのプラスチック汚染と国際協力の遅れ
経済協力開発機構(OECD)の報告によると、世界中で年間約2000万トンものプラスチックごみが環境中に流出し、その約9割が途上国からの不適切な管理に起因するとされています。この地球規模のプラスチック汚染に対し、日本はアジア各国などへ廃棄物の分別・収集システムの構築支援や、廃棄物管理を担う人材を1万人育成する目標を掲げ、技術協力を進めています。しかし、漂着ごみの本質的な削減は、結局のところ排出国自身の取り組みにかかっているのが現状です。海岸清掃活動を行う一般社団法人「対馬CAPPPA(カッパ)」の末永通尚理事(54)は、「きれいな浜辺を取り戻すには、国際的なルールに基づいた共通の行動規範が不可欠だ」と、国際協力の重要性を強く訴えています。
対馬の海岸に漂着した韓国語表記のプラスチック容器
日本のプラスチック排出量と国内における対策強化の必要性
国際的な協調が求められる一方で、日本自身の責任も重大です。環境省が2023年度に実施した調査では、太平洋や瀬戸内海沿岸に漂着したペットボトルの主要な流出元が国内であることが判明しました。海洋プラスチック問題に詳しい愛媛大学の日向博文教授(沿岸海洋物理学)は、海流や風の影響により、日本から流出したプラスチックごみの一部は遠く米国などにも流れ着くと指摘しています。2015年時点のデータでは、日本の国民1人あたりのプラスチック容器包装廃棄量は年間約32キログラムに達し、米国に次ぐ世界第2位という排出量を記録しています。この国内からの海洋プラスチックごみ流出を抑制するため、政府や企業は積極的なプラスチックごみ削減策に取り組んでいます。例えば、キリンホールディングスはペットボトルの「ラベルレス化」を推進しており、資源循環型社会の実現と環境負荷の低減への貢献を目指すと表明しています。
結論
海洋プラスチックごみ問題は、日本が直面する国際的かつ国内的な複合課題です。対馬に代表されるような越境漂着ごみの問題は国際的な合意形成と排出国側の努力を、一方、国内からの流出は私たち自身のライフスタイルや企業の取り組み、そして政府の政策を問い直す契機となります。国際条約の早期締結に向けた交渉の進展と、日本国内におけるプラスチック排出量削減への一層の努力が、豊かな海洋環境を取り戻し、持続可能な社会を構築するための両輪となるでしょう。
参考文献
- 読売新聞: プラスチックごみ問題に関する報道
- 経済協力開発機構(OECD): プラスチックごみに関する報告
- 環境省: 2023年度漂着ごみ調査報告
- 一般社団法人対馬CAPPA: 海岸清掃活動、漂着ごみに関する提言
- 愛媛大学 日向博文教授: 海洋プラスチックごみに関する専門的見解
- キリンホールディングス: プラスチック削減への取り組みに関する情報