トルコ社会に根付く「クルド人問題」:一般市民の認識と歴史的背景

中東に暮らすクルド人は、しばしば「国家を持たない世界最大の民族」と形容され、その推定人口は4000万人以上と言われています。特にトルコ国内には約1500万人のクルド人が居住しており、これは総人口の17%を占めるため、彼らの存在はトルコ共和国にとって非常に大きいものです。長年にわたり、クルド人の独立を標榜するクルド労働者党(PKK)は武装闘争を展開し、数々のテロ事件を引き起こしてきました。しかし、エルドアン政権下で2013年から断続的に和平交渉が行われ、紆余曲折を経て、2025年2月にはPKKが正式に自主解散するに至りました。一方で、クルド人は合法的手段を通じて権利拡大を目指し、政治活動も活発に行っています。2015年の総選挙ではクルド系の国民民主主義党が10%の得票率を獲得し、トルコ国会(総議席数600)で79議席を得るなど、その政治的影響力は無視できません。

クルド人とは何か?その歴史的背景と現状

クルド人は、中東北部の「クルディスタン」と呼ばれる山岳地帯に住むイラン系民族と定義されていますが、イラン共和国のペルシア人とは異なる民族です。彼らは主にトルコ南東部および東部、シリア北東部、イラク北部、イラン北西部にまたがる地域に暮らしています。

クルド人の居住地域を現地調査した元国連高等難民弁務官東京代表の東洋英和女学院大学院・滝澤三郎教授は、クルド人に対する「差別はないとはいえないが、クルド人というだけで身の危険を感じるような迫害を受ける状況ではない」とコメントしています。この見解は、国際社会におけるクルド人問題の認識に一石を投じるものです。

トルコ一般市民が抱くクルド人への複雑な感情

公式な和平交渉や政治参加が進む一方で、トルコ一般市民の間ではクルド人に対して驚くほどネガティブな感情が根強く残っています。これは歴史的な経緯や過去の武力衝突が深く影響していると言えるでしょう。

エーゲ海沿いの町アイワルク付近のガソリンスタンドで出会った30代の男性従業員2人は、クルド人を一様に「テロリスタ」(トルコ語でテロリストを指す)と表現しました。彼らは筆者が「クルディスタン地方」という言葉を使うと、「政治的にクルディスタンは存在しない。あくまでトルコ共和国の一部である」と強く否定し、クルド人が自治を求める地域そのものの存在を罵倒するほどでした。これは、過去のPKKによる武力闘争の悪夢が、いまだに彼らの心の中に色濃く残っていることを示唆しています。

チャナッカレ出身の大学生は、クルド人は信用できないと主張し、クルド人活動家が欧米の人権保護団体や国際機関、外国メディアなどに対し、「クルド人がトルコ政府やトルコ人から差別・迫害・弾圧を受けている」と触れ回っていると非難しました。彼は、クルド人活動家の狙いは海外からの支援金を引き出すためであり、「金のためなら嘘八百を並べる」とまで言い切りました。

地中海に面したフェティエの無料キャンプ場で出会った58歳の男性は、クルド人を「野蛮」で「節操がないので子沢山」であると口にするのも汚らわしいというように話しました。さらに、「クルド男は暴力性向が強く、特に女性への性暴力は日常茶飯事だよ」と続けたのです。筆者はトルコから帰国後、婦女暴行罪で逮捕されたクルド人の裁判で有罪判決が出たニュースを思い出しました。その際、傍聴席にいた被告の家族が「こんな事件で刑務所に入れるなんて日本の裁判は間違っている」と叫んでいたという報道は、クルド人の一部において、婦女暴行が軽微な犯罪と認識されている可能性を示唆するものです。

これらの生の声は、トルコ社会において、クルド人に対する感情がいかに複雑で、多層的なものであるかを浮き彫りにしています。政治的な進展があったとしても、一般市民の間に深く根付いた感情や認識が容易に変わるわけではないことが伺えます。

結論

トルコにおけるクルド人問題は、PKKの自主解散やクルド系政党の議会参加といった政治的進展がある一方で、一般市民の間には依然としてクルド人に対する複雑で否定的な感情が深く根付いている現実があります。歴史的な背景、武力闘争の記憶、そして文化的な認識の違いが、この問題の根深さを形成しています。政府レベルでの解決努力と、社会全体の認識の変革には、依然として大きな隔たりが存在しており、クルド人問題の真の解決には、政治的対話のみならず、社会全体における理解と共生の促進が不可欠であると言えるでしょう。

参考資料

  • トルコの庶民の大半は「クルド人が嫌い」 独立を求めるクルド人への根深い感情は消えるか(Yahoo!ニュース)
  • 「差別はあるが命の危険感じず」 トルコのクルド人、元UNHCR駐日代表が調査(産経デジタル)