犯罪加害者家族の過酷な現実:偏見、中傷、そして求められる支援

2014年7月、長崎県佐世保市で当時高校1年生の女子生徒が同級生に殺害される事件が発生しました。この悲劇的な事件から約2カ月後、加害少女の父親は自ら命を絶ちました。娘との写真がSNSで拡散され、自営業の継続も困難になったためです。被害者遺族への謝罪書面には「生きる自信さえ喪失しかけている」と切実な胸の内が吐露されていました。

犯罪加害者家族の過酷な現実:偏見、中傷、そして求められる支援

長崎県佐世保市で発生した高校生殺害事件で、逮捕された少女が送検される車両(2014年7月)

失業、自己破産、進学断念に加え、根拠のない中傷。事件が起きれば、被害者側だけでなく、加害者家族の生活も一変します。過去には、加害者家族が自殺に追い込まれる事例も相次ぎました。「加害者と一蓮托生」として、家族をも追い詰める風潮が根強い日本社会。その背景には何があり、動き始めた加害者家族支援のあり方はどうあるべきでしょうか。

世間からの過酷な「裁き」:誹謗中傷と自死の連鎖

加害者家族への誹謗中傷は、SNSが普及する以前から存在していました。1998年に和歌山市で4人が死亡した毒物カレー事件の際には、林真須美死刑囚が子どもらと同居していた自宅の壁に「人ごろし」「ふざけるな」といった落書きが埋め尽くされました。

自ら命を絶つ例も少なくありません。1989年に逮捕された幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤元死刑囚の父親や、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大元死刑囚の弟がその代表例です。佐世保の事件では、加害少女の母親も精神的に追い詰められ、長期間入院していました。知人によれば、「自殺するのではないか、周囲はひやひやしながらサポートしていた」という状況でした。少女は昨年、少年院収容上限である26歳となり社会に復帰しましたが、身元引受人となり得た父親はもういません。

犯罪加害者家族の過酷な現実:偏見、中傷、そして求められる支援

佐世保事件の加害者少女の父親が共同通信に宛てた、精神的苦悩を吐露する書面

犯罪加害者家族の過酷な現実:偏見、中傷、そして求められる支援

和歌山毒物カレー事件の林真須美死刑囚宅に書かれた誹謗中傷の落書き(1999年1月)

「隠れた被害者」としての加害者家族:日本と海外の現状

2008年、加害者家族支援に特化した日本で初めての民間団体「ワールドオープンハート(WOH)」が設立されました。設立後から2023年3月までに寄せられた相談内容を分析した「加害者家族白書」からは、家族が直面する厳しい実情が浮かび上がります。

相談者は「父親」が最も多く、仕事への影響に関するものが多数を占めています。相談者全体が事件後の変化として挙げた項目は、多い順に「外出困難」「娯楽などを控える」「家族関係の悪化」「誹謗中傷」「差別を受ける」でした。

白書によると、欧米諸国では加害者家族が「Hidden Victim(隠れた被害者)」や「Forgotten Victim(忘れられた被害者)」と呼ばれ、民間団体を中心とした支援活動が活発に行われています。これに対し日本では、家から犯罪者を出した責任を問われ、被害者という視点からの支援が長らく欠如していました。

「家制度」がもたらす影響:社会構造に根差す偏見

家族を自殺にまで追い詰めるような社会の空気は、なぜ生まれるのでしょうか。大阪経済大学の坂野剛崇教授(犯罪心理学)は、明治民法で導入された「家制度」の影響が大きいと指摘します。坂野教授は「世間には、個人を独立した存在としてではなく、家単位で捉える意識が今なお強く根付いている」と分析しています。この「家」を重んじる意識が、犯罪者が家族にいる場合、その家族全体が責任を負うべきだという風潮を生み出し、社会からの厳しい目が向けられる背景にあると考えられます。

結論:加害者家族もまた「隠れた被害者」として支援を

加害者家族が直面する過酷な現実は、単なる個人的な問題ではなく、日本社会に深く根付いた「家制度」などの文化的・歴史的背景が影響していることがわかります。彼らは犯罪行為に直接関与していないにもかかわらず、社会からの偏見や中傷、差別によって生活基盤を奪われ、精神的に追い詰められる「隠れた被害者」となり得るのです。

加害者家族を「一蓮托生」と見なす旧来の価値観から脱却し、彼らもまた適切な支援を必要とする存在として認識することが、より公正で包容力のある社会を築くために不可欠です。ワールドオープンハートのような支援団体の活動は、その第一歩と言えるでしょう。社会全体でこの問題への理解を深め、加害者家族が孤立することなく、人間らしい生活を再建できるようなサポート体制を強化していくことが求められています。

参考文献

  • 共同通信記事(Source link
  • 47NEWS記事「『上級国民』家族が背負う十字架 バッシング激化させた情報とは?」(https://www.47news.jp/relation-n/2025041904
  • ワールドオープンハート「加害者家族白書」
  • 大阪経済大学 坂野剛崇教授(犯罪心理学)の見解