北九州市で誕生し、今や地域のソウルフードとして深く愛される「資さんうどん」。もちもちの麺と独自のダシが特徴のうどんはもちろん、おでん、カツ丼、ぼた餅といった豊富なメニューも人気を集めています。近年、この人気の波は関西や関東へと広がり、全国規模でファン層を拡大していますが、その背景には、創業以来受け継がれてきた「味への揺るぎないこだわり」がありました。
創業の味を守る挑戦:関西進出の決断
2023年春頃、資さんうどんの大阪進出計画が具体化する中、社内では幹部間で熱のこもった議論が交わされました。資さんうどんの味は、一般に関西で親しまれているうどんと比較して、麺のもちもち感が強く、ダシも甘みが特徴です。これまで福岡県を中心に店舗展開してきた同社にとって、関西への出店は企業戦略上、極めて重要な意味を持ちました。
多くの飲食チェーン店が、進出先の地域特性や消費者の好みに合わせて商品の味を調整することは珍しくありません。しかし、資さんうどんには「50年近く受け継がれてきた伝統の味を変える」という選択肢は一切ありませんでした。この頑固なまでの「味へのこだわり」こそが、資さんうどんのアイデンティティであり、人気の源泉だと信じられていたからです。
関西市場での試みと大成功
味を変えないという強い決意の一方で、新たな課題も浮上しました。それは、関西地域での資さんうどんの知名度の低さでした。いかにして多くの人々にその存在と味を知ってもらうか。営業部長の藤田昌平氏(42)は「とにかく食べてもらうしかない」と、その普及戦略を練り上げました。
同年夏から、同社は大型量販店や百貨店にキッチンカーを積極的に出動させ、「これが資さんうどんです」と試食販売を繰り返しました。地道な活動を通じて、資さんうどんの味が関西の人々にも受け入れられるかどうか、市場の反応を丹念に探ったのです。
そして2023年11月20日午前10時、満を持して「今福鶴見店」(大阪市鶴見区)が24時間営業でオープンしました。開店と同時に多くの客が詰めかけ、その行列はなんと27時間にもわたって途切れることがありませんでした。この熱狂的な歓迎に、藤田氏は「心を込めて作ったものは、どこに行っても受け入れられる」と安堵の胸をなで下ろしました。
「資さんうどん」の定番メニューであるうどん、おでん、ぼた餅が並ぶ様子。北九州ソウルフードとして幅広い層に人気。
資さんうどんの魅力と多様なメニュー
資さんうどんの味の原点は、創業者である大西章資氏(2015年死去)が生み出した至極の一杯にあります。特に、その深い味わいのダシは、大西氏が創業時に2年もの歳月をかけて開発したものがベースとなっており、サバ、昆布、シイタケなど、何種類もの厳選素材を絶妙なバランスで配合することで生まれています。製鉄の街・北九州発祥であることから、工場労働者など力仕事を終えた人々にも好まれるよう、やや濃いめのしっかりとした味付けが特徴です。
メニューの豊富さも資さんうどんの大きな魅力の一つです。うどんを主軸としながらも、丼物やおでんなど、トッピングを含めると150種類以上の商品が揃います。中でも「ぼた餅」は、濃いうどんを食べた後に「ちょうどいい」と評判を呼び、今や資さんうどんを象徴する一品としてそのブランドイメージを確立しています。
資さんうどん今福鶴見店でオープン後の成功に安堵する営業部長の藤田昌平氏(左)と、顧客の声を傾聴する伊藤氏。関西進出の喜びを語る。
変わらぬ味で全国へ
資さんうどんの全国展開は、単なる店舗数の拡大に留まらず、創業者の熱意と、長年にわたり培われてきた「味を守り抜く」という企業理念の勝利と言えるでしょう。地域に根ざしたソウルフードが、その本質を失うことなく新たな市場で成功を収める事例として、資さんうどんの挑戦は日本の飲食業界に新たな価値観を提示しています。今後も変わらぬ味で、さらに多くの人々に愛される存在となることが期待されます。