やなせたかしの「人生の支柱」:『あんぱん』から紐解く『やさしいライオン』の真価

NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、やなせたかし(柳井嵩役:北村匠海)が世に送り出した国民的キャラクター『アンパンマン』にちなんだタイトルであることは周知の事実です。絵本からアニメーションへと展開し、世界中の子どもたちに愛されるやなせたかしの代表作であることは疑いようがありません。しかし、やなせ自身が「人生の支柱」と語る作品は他にも存在します。その一つが、多くの人にはあまり知られていない『やさしいライオン』です。

NHK連続テレビ小説「あんぱん」のメインビジュアルNHK連続テレビ小説「あんぱん」のメインビジュアル

やなせたかしが語る「四つの支柱」

やなせたかしは、自らのエッセイ『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』(PHP研究所)の中で、人生を支えた四つの作品を挙げています。「『詩とメルヘン』『やさしいライオン』『手のひらを太陽に』『アンパンマンシリーズ』、この四つがボクの人生の支柱になりました」と彼は語っています。

『アンパンマン』シリーズが彼の代名詞であることは言うまでもありません。「手のひらを太陽に」は、ドラマにも登場した楽曲であり、柳井嵩が作詞し、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴演じるいせたくやが作曲、乃木坂46の久保史緒里演じる白鳥玉恵が歌い上げたものとして描かれています。現実ではいずみたくが作曲を手がけ、宮城まり子が歌唱し、NHK『みんなのうた』などを通じて今も多くの人々に歌い継がれる名曲です。『詩とメルヘン』は、ドラマで八木信之介(妻夫木聡)のモデルとされる辻信太郎が創業したサンリオで、やなせが1973年から2003年まで編集長を務めた雑誌です。絵本作家であり詩人でもあるやなせの経歴と深く結びついており、彼がこれを「支柱」と自認するのも納得できます。これらと比較すると、『やさしいライオン』の知名度はやや低いかもしれません。

知られざる傑作『やさしいライオン』の誕生秘話

『やさしいライオン』は、やなせたかしの「人生の支柱」の一つでありながら、多くの人々にはその詳細が知られていません。やなせの自伝『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)によれば、この作品は文化放送の笹本利之助ディレクターからの緊急依頼によって生まれました。ラジオドラマの枠に急遽穴が空き、大至急一本書いてほしいという依頼を受けたやなせは、「ぼくはひきうけて、その夜のうちに書き上げた。テーマを考えている時間はなかったので、以前に短いコントに書いた作品を三十分のドラマにしあげた」と記しています。

声の出演には、後に『ルパン三世』の峰不二子役で絶大な人気を博す声優の増山江威子と、久里千春が起用されました。さらに「手のひらを太陽に」を歌ったことのあるボニージャックスがコーラスを務め、物語を進行させました。こうして生まれたのが、後にやなせたかし自身が「柱の1本」と称するまでになった『やさしいライオン』だったのです。

種族を超えた愛と悲劇『やさしいライオン』の物語

もともとコントから着想を得たという背景があるにもかかわらず、『やさしいライオン』は笑いを誘うような内容とはまったく異なります。その物語は、動物園で母親を亡くし、空腹で震えていた赤ん坊のライオンを、自身の子どもを失ったメス犬がわが子のように世話をし、愛情深く育て上げるというものです。種族の壁を乗り越え、深い愛情で結ばれたライオンとメス犬でしたが、やがて二人は離れ離れになってしまいます。そして何年か後、ようやく再会を果たした二人を待っていたのは、あまりにも悲しい結末でした。

この物語は、やなせたかしの作品に通底するテーマ、すなわち「正義」や「自己犠牲」、そして「愛」の根源的な問いを提示しています。種族の違いを超えた無償の愛、そして避けられない運命がもたらす悲劇は、読者や聴者の心に深く刻み込まれます。アンパンマンの「自分の身を削って人を助ける」という思想にも繋がる、やなせの哲学が色濃く反映された作品と言えるでしょう。

結論

NHK連続テレビ小説『あんぱん』をきっかけに、やなせたかしの多岐にわたる作品群、特に『やさしいライオン』という知られざる傑作に光が当たっています。やなせ自身が「人生の支柱」と位置づけるこの物語は、『アンパンマン』とは異なる形で、彼の深い人間性、そして「愛と正義」という普遍的なテーマへの問いかけを表現しています。『あんぱん』を通じて、私たちはやなせたかしという表現者の全貌をより深く理解し、彼の作品が持つ真の価値を再発見することができるでしょう。

参考文献

  • やなせたかし『ボクと、正義と、アンパンマン なんのために生まれて、なにをして生きるのか』PHP研究所
  • やなせたかし『アンパンマンの遺書』岩波現代文庫