かつて「日本一暑い街」として全国に名を馳せた埼玉県熊谷市が、国内最高気温ランキングでまさかの6位に転落しました。今年の猛暑は各地で記録を塗り替え、群馬県伊勢崎市が新たな「日本一暑い街」として浮上しています。この変動の背景には何があるのでしょうか?気象学的な要因と、実際に熊谷に暮らす人々の多様な声、そして変わらぬ熊谷の「暑さ」の実情に迫ります。
埼玉県熊谷駅前、国内最高気温ランキングで昨年まで1位だったが今年は6位に転落した街の様子
「日本一暑い街」熊谷、首位陥落の背景と気象学的要因
今年の夏は記録的な猛暑に見舞われ、昨年までの国内最高気温を上回る地点が5ヵ所も出現しました。特に注目すべきは、これまで「日本一暑い街」の座を長らく守ってきた埼玉県熊谷市が、群馬県伊勢崎市にその座を譲り、国内最高気温ランキングで6位へと後退したことです。この劇的な変化には、複数の気象学的要因が絡んでいます。ウェザーマップの気象予報士、山口晃平氏に詳しい解説を伺いました。
山口氏によると、熊谷が恒常的に暑くなる理由の一つに「フェーン現象」が挙げられます。関東平野の西側や北側には高い山々が連なっており、上空を西風や北風が吹くと、これらの山を越えて下りてくる際に圧縮され、温度が上昇します。この高温の風が、熊谷から群馬県前橋市周辺に吹き下ろすことで、地上の気温が顕著に上がるのです。
さらに、冷たい海風が入りにくいことも熊谷の暑さを助長しています。通常、地上の気温が上昇すると海風が吹き込み、東京都、神奈川県、千葉県などの沿岸部では気温上昇が抑制されます。しかし、この海風は東京などの大都市圏を通過する際に、都市部のヒートアイランド現象によって暖められてしまいます。結果として、熊谷周辺に到達する頃には冷却効果が失われ、気温を下げる役割を果たせなくなってしまうのです。
そして、今年特に猛暑が厳しく、熊谷のランキングに変動があった要因として「チベット高気圧と太平洋高気圧の”ダブル高気圧”」が挙げられます。これら二つの高気圧が日本列島の上にまるで布団を二枚重ねたかのように覆い、その期間が例年よりも長く続いています。平年であれば梅雨明けから8月上旬までの期間ですが、今年は梅雨明けから8月下旬頃まで続く見込みだといいます。この強力な高気圧の配置が、群馬県伊勢崎市や桐生市、埼玉県鳩山町など、熊谷に近い地域で最高気温の記録更新を促した主な理由です。
熊谷は再び「日本一」に返り咲くのか?市民の声は二分
現在の状況を見ると、1位の伊勢崎市と6位の熊谷市との気温差はわずか0.7℃です。この僅差から、山口氏は「埼玉県と群馬県の県境付近の土地では、どこが記録を更新してもおかしくない」と指摘します。もちろん、熊谷が再び「日本一暑い街」の座に返り咲く可能性も十分にあり得るわけです。
では、この「元日本一暑い街」の称号と、今後の記録更新について、熊谷市民はどのように感じているのでしょうか。街の声は大きく二分しています。
最高気温を表示する温度計で知られる八木橋百貨店近くで話を聞いた80代の男性は、「伊勢崎に負けて悔しいよ。今日40℃になるかと思って来たけど、ならなかったね。もう一回、1位を取ってもらいたい」と、かつての栄冠への復帰を願う気持ちを語りました。
一方で、40代の女性からは「暑くて住みづらいから、熊谷の人口が減っているって聞きました。だから、1位に戻ってほしくないです」と、記録更新に否定的な意見も聞かれました。暑さが生活の質や地域の活性化に与える影響を懸念する声です。
60代の男性も同様に、「暑くていいことなんてひとつもないよ。喜んでいるのは、(熊谷の夏の名物である『雪くま』を出す)かき氷屋さんくらいじゃないの。1杯1000円くらいで儲かってるみたいだから」と、暑さに対する皮肉を交えながら、否定的な見解を示しました。
さらに30代の男性は「1位でも6位でも、ここが暑いのは変わらないよ」と、ランキングに関わらず熊谷の暑さは不変であるという、諦めにも似た現実的な感覚を語っていました。
数字では測れない熊谷の「体感温度」
実際に熊谷市内を取材で歩いてみると、JR熊谷駅から八木橋百貨店までわずか15分ほど歩いただけで、汗が噴き出し、頭がボーッとするほどの状態になりました。この時の八木橋百貨店に設置された温度計(熊谷気象台発表の気温)は36.7℃を示していましたが、すぐ近くにある金融機関の温度計は39.7℃と、3℃も高い数値を表示していました。気象台の公式発表よりも、こちらの体感温度がより現実に近いと感じられるほどの暑さでした。
この取材で明らかになったのは、たとえ公式なランキングで首位から転落したとしても、熊谷の「暑さ」の質は決して変わっていないということです。気象学的な要因、地形的な特性、そして都市化によるヒートアイランド現象が複合的に作用し、熊谷は依然として驚くほど厳しい暑さに覆われています。
結論
埼玉県熊谷市が国内最高気温ランキングで6位に後退したことは、今年の異常な猛暑と気象条件の複雑さを浮き彫りにしています。フェーン現象、海風の影響、そして「ダブル高気圧」といった科学的な要因が絡み合い、群馬県伊勢崎市が新たな「日本一暑い街」となりました。しかし、このランキングの変動にも関わらず、熊谷が本質的に「暑い街」である事実は変わりません。市民の間では、首位への返り咲きを望む声と、暑さによる生活への影響を懸念する声が交錯しています。数字の上では順位が下がったとしても、現場での体感は依然として極めて厳しく、熊谷の夏の厳しい現実は続いています。この状況は、日本の都市が直面する気候変動と地域特性が織りなす課題を象徴していると言えるでしょう。