北朝鮮では、農繁期における大規模な「農村動員」の形態が大きく変化しています。これまでの住民(企業所や女性同盟などからの動員)に代わり、軍人の農村派遣が日常化している実態が明らかになりました。この背景には、動員者の人件費が農場負担となった新制度があり、農場側は無償労働力である軍隊の派遣を歓迎する一方で、兵士の生活苦に起因する問題も浮上しています。この政策転換は、農場の自律性強化と農業生産維持という当局の狙いを反映しているとみられます。
農場が「軍隊の援農」を歓迎する背景
アジアプレスの取材協力者が両江道(リャンガンド)高邑(コウプ)農場の農場員を通じて伝えた情報によると、今年8月初旬から同農場では企業所や女性同盟からの動員が減少し、代わりに多数の軍人が派遣されています。2個小隊から1個中隊(60~100人規模)の兵士たちが、それぞれの駐屯地から担当農場に割り当てられ、ほぼ毎日援農作業に従事しているとのことです。高邑農場では今年から軍隊が定期的に来ることになり、特に草取り、圃場(ほじょう)管理、傾斜面の畑工事、水路工事といった重労働に大きな助けとなっていると報告されています。
農場側が軍人による援農を歓迎する理由は明確です。以前は無償だった住民動員の人件費が、今年から農場負担へと制度変更されたため、企業所などからの動員を受け入れると労賃の問題が生じます。これに対し、軍隊は「タダ働き」してくれる貴重な労働力となります。農場員たちも、軍隊が定期的に来ることで作業が楽になると語っており、この変化は農場にとって好都合な状況を生み出しているようです。今年6月には、咸鏡北道(ハムギョンブクト)でも同様に軍隊が援農に動員されているという報告があり、これは単一地域の事例ではなく、国家的な政策として進められている可能性が高いとみられています。
北朝鮮の鴨緑江沿いで水浴びや洗濯をする若い国境警備兵。やせ細った兵士の姿も見える。
兵士の苦境と軍民関係維持への当局の努力
軍隊はかなりの頻度で農村に動員されていることがうかがえます。協力者の話では、警戒勤務の人員を除けば、ほとんどの兵士が2日に1回の交代勤務表に基づいて援農に出てくるそうです。派遣されるのは主に軍部隊周辺の農場ですが、遠方の場合には農場が移動手段を負担することもあるといいます。
一方で、兵士の生活状況は深刻であり、これが軍民関係に悪影響を及ぼす事態も発生しています。軍当局は軍民関係を毀損しないよう厳しく統制を強化していますが、食糧が十分に供給されていないためか、多くの兵士がやせ細り、苦しい状況にあると報じられています。そのため、農場側は間食としてグクス(麺)やジャガイモを兵士に提供しているそうです。
当局は、兵士が問題を起こした場合、該当部隊の幹部も連帯責任を負う制度を導入し、規律維持に努めています。最近の事例として、農場で軍人がヤギを盗んだ事件が発生した際、国境警備旅団が盗まれたものよりも良いヤギを農場に渡して解決したという報告もあります。これは、食料不足に苦しむ兵士による窃盗という深刻な問題と、それによって損なわれかねない軍民関係を重視し、当局が積極的に対応している姿勢を示しています。
北朝鮮の郊外で盗んだトウモロコシを焼くやせ細った兵士たち。兵士の栄養状態の悪化を示す。
まとめと今後の展望
北朝鮮における農村動員の軍人シフトは、農場の負担軽減と農業生産維持を目指す当局の意図が強く反映された政策転換であると考えられます。特に、動員者の人件費が農場負担となったことで、無償労働力である軍隊の価値が上昇し、農場側から歓迎される状況が生まれています。
しかし、この政策は兵士の生活苦という別の側面を浮き彫りにしています。兵士の栄養状態の悪化やそれに伴う窃盗事件は、軍民関係に緊張をもたらす可能性があり、当局は関係悪化を防ぐために統制強化や問題発生時の対応に追われています。今回の軍人動員が全国的な動きであるか、また北朝鮮当局の経済改編とどのように関連しているかについては、今後さらなる詳細な調査が必要となります。この変化が北朝鮮の農業生産、兵士の生活、そして社会全体にどのような影響を与えるのか、引き続き注視が必要です。
北朝鮮の行政区域を示す地図。両江道や咸鏡北道の位置を確認できる。
参考文献
- Yahoo!ニュース. (2025年8月27日). 北朝鮮で農村動員が「軍人」にシフト 農場は歓迎も兵士はヤギ泥棒…当局は軍民関係を警戒. https://news.yahoo.co.jp/articles/cab0ff2ab959d67d10eed4e17551fd01c00a33d0
- アジアプレス・インターナショナル. (参照元記事).