近年、日本の名目GDPがドイツに抜かれ世界第4位に転落したというニュースは、日本経済の現状に対する深い懸念を呼び起こしています。この現象の背景には何があるのでしょうか。独立行政法人経済産業研究所リサーチアソシエイトの岩本晃一氏は、その主因は「日本とドイツの地方経済力の差」にあると指摘します。彼の著書『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』の一部を再編集した本稿では、ドイツの経済成長を支える地方政府の役割と、日本の地方自治体が抱える課題を比較し、日本経済再生への示唆を探ります。
世界の経済地図における日本とドイツの比較概念を示す拡大鏡の視点
ドイツの企業競争力:地方政府と一体となった「総力戦」
ドイツの強固な企業競争力は、国や地方政府、企業が一体となって戦う「総力戦」から生まれています。特に注目すべきは、地方政府の役割です。ドイツの地方政府は、企業が地域から移転してしまうことを最も恐れるため、企業を地元に繋ぎ止めるためにあらゆる努力を惜しみません。住民を幸福にしないと、住民が他の地域へ流出してしまうという危機感を常に抱いています。彼らにとって、企業の競争力強化は、地元での雇用創出と経済活動の活性化、ひいては地方に利益を還元するための不可欠な手段なのです。
陸続きで隣国が多数存在するドイツでは、企業・事業所の移転圧力は日本よりもはるかに強いのが実情です。このような環境下で、ドイツの地方政府は、企業を地元に留まらせるために、産業インフラの整備、産業クラスターの形成、インダストリー4.0といった先端技術導入の支援など、多岐にわたるアイデアと努力を重ねています。その結果、ドイツ企業は、高コストな国内生産を補うべく「人が欲しがるものを作って高く売る」という明確な方針を打ち出し、高付加価値戦略を徹底しています。
日本の現状と課題:若者流出を嘆き、「お金の使い方」ばかり議論する日本
一方で、日本の地方自治体は、ドイツのような積極的な姿勢とは対照的に映ります。岩本氏は、日本の地方自治体が「若者が都会に出ていく」と嘆いているだけにしか見えないと述べます。ドイツの地方政府が、経済的豊かさこそが住民の幸福を最大化し、若者を惹きつけ、人口増加の好循環を生み出すという明確な哲学を持つ一方で、日本ではその視点が欠けています。
ドイツの地方政府の考え方は、「お金があれば何でもできる、お金がなければ教育も福祉も何もできない」という現実的な発想に基づいています。しかし日本では、まるで「お金はどこからか湧いてくる」かのように、お金の使い方ばかりが議論の対象となる傾向があります。政治家も、お金を使うことで評価されがちですが、ドイツでは「稼ぎのいい一家の大黒柱的存在」が真に高く評価されます。この根本的な意識の違いが、日独の地方経済力の格差を生む一因となっているのです。
日本とドイツの経済成長への寄与度を対比するイメージ図
国を挙げたドイツの戦略:デジタル化推進と地方政府による現場支援
コロナ禍以前、岩本氏はドイツを何度も訪問し、専門家との意見交換や国民的議論の調査を行いました。そこでドイツが直面していたのは、米国のGAFAの脅威や、中国向け自動車輸出の飽和といった課題でした。これらの脅威にどう対処し、次にドイツが優位性を発揮できる輸出品は何かという議論が、まさに国を挙げて行われていました。
その結果、ドイツは国の施策としてデジタル化の推進を決定し、「インダストリー4.0」構想を提起しました。この構想の実現に向けて、ドイツ政府は補助金を提供しましたが、実際に地域の企業のデジタル化を支援しているのは、各地に数多く設けられた地方政府主導の支援機関です。これらの機関が、周辺に立地する中小企業のデジタル化をきめ細やかにサポートすることで、国全体の産業競争力強化に繋げています。これは、国と地方が連携し、戦略的に経済成長を追求するドイツの姿勢を象徴するものです。
日本への最も大きな示唆:「地方がもっと稼げ」という教訓
岩本氏のドイツ現地調査から日本が得られる最も大きな示唆は、「企業が移転すると最も困る地方政府が最もがんばる」という原則です。別の言い方をすれば、日本も「地方がもっと稼げ」という教訓を受け入れるべきだということです。
この調査は、「失われた30年」から脱却し、日本がドイツのように再び力強い経済成長を遂げる可能性を探るという問題意識から始まりました。その観点から、日本の地方自治体が導入すべき具体的な手法は、ドイツの地方政府が実践するような、企業誘致・定着への積極的な取り組み、高付加価値製品への転換支援、産業インフラ整備、そしてデジタル化推進における現場密着型のサポートに他なりません。地方経済の活性化こそが、日本全体のGDP向上と持続的な経済成長を実現するための鍵となるでしょう。
参考文献
- 岩本晃一 (2025). 『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』. 朝日新書.