伊東市長・田久保真紀氏、学歴詐称疑惑で刑事告発・不信任決議可決:メガソーラー問題「蒸し返し」の波紋

静岡県伊東市の田久保真紀市長に対する学歴詐称疑惑を巡り、市議会で重大な進展がありました。9月1日に始まった定例会において、田久保市長を刑事告発する議案と不信任決議案が全会一致で可決されたのです。この決定により、市長は今後10日以内に議会を解散するか、自身の辞職または失職を選択するという、極めて厳しい局面に立たされています。仮に辞職または失職となった場合、50日以内に市長選挙が、議会解散の場合は40日以内に市議会議員選挙が実施されますが、いずれにせよ、市長の政治的立場は大きく揺らぐことになります。

疑惑の深まる田久保市長、直面する重大な選択

市議会による不信任決議が可決された場合、市長は法的に失職しなければなりません。失職後も田久保氏は市長選への出馬自体は可能ですが、刑事告発の行方によっては、その道も閉ざされる可能性があります。このような状況下で、田久保市長が戦略的に「蒸し返し」を図ろうとしているのが、伊東市におけるメガソーラー問題です。

市議会での不信任決議可決を受け、厳しい局面を迎える伊東市の田久保真紀市長市議会での不信任決議可決を受け、厳しい局面を迎える伊東市の田久保真紀市長

「終息」したはずのメガソーラー問題、なぜ今「蒸し返し」か

伊東市八幡野の山林におけるメガソーラー発電所計画は2014年に浮上しましたが、地元住民の強い反対運動に直面しました。これを受け、2018年には伊東市が建設を阻止するための条例を可決・施行。さらに2019年には、メガソーラー事業者の河川占用許可申請を不許可処分としました。業者側は市を提訴しましたが、2021年には市側が実質勝訴し、工事は停止しています。

近年、モデルの冨永愛氏やアルピニストの野口健氏が釧路湿原のメガソーラー計画に異を唱えるなど、野山にパネルを敷き詰める太陽光発電に対する反対運動が全国的に高まりを見せています。SNS上でも「反メガソーラー」を訴える声は日ごとに強まっており、田久保市長は、かつて「伊豆高原メガソーラー訴訟を支援する会」の代表として反対運動を主導した自身の経歴を強調し、この社会的なムーブメントに「乗っかろう」としているかのような投稿を繰り返しています。

田久保市長のSNS投稿と前市長への疑惑提起

田久保市長の公式X(旧Twitter)アカウントでは、7月下旬以降、メガソーラーに関する言及が顕著に増加しました。8月16日には「騒動の全容がやっと見えてきました」といった思わせぶりな投稿が見られ、さらに8月20日には、「前市長は事業者と秘密裏に確約書を結んだ後、2023年の1月(後に2022年7月と訂正)に宅地造成許可の変更申請を認めて事業を前進させています」と投稿。これは、今年の市長選で田久保氏が破った因縁の相手である小野達也前市長が、裏でメガソーラー計画を推進しているかのような印象を与えるものでした。

前市長の反論と専門家の見解:問題の本質とは

しかし、小野前市長が地元テレビの取材に応じた説明によると、この「確約書」は、万一伊東市がメガソーラー事業者からの提訴に敗訴し、損害賠償を求められた場合に、市の支払いを最小限に抑えるためのものであったとされています(ただし、係争中の相手と接触したことについては小野前市長も陳謝しています)。

さらに、「そもそもメガソーラー建設を防ぐ条例も小野前市長の任期中に可決されています。また小野前市長が宅地造成の変更申請を認めたことについては、この計画の行政手続きに県の副知事として関与した静岡市の難波喬司市長が『これは条件が整ったら出さざるを得ないもの』と会見で説明しているのです」(エネルギー業界紙記者)。

つまり、伊東におけるメガソーラー建設問題は「ほぼほぼ終わった問題」であり、市長がこの問題が続いているかのように見せていることに対し、地元局のテレビ静岡などは「暴かれた田久保市長の“扇動”」とYouTube動画のタイトルで過激な表現を使用するほどです。

メガソーラー問題の背景と社会の反応

日本で太陽光発電が増加した背景には、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故を契機としたエネルギー政策の見直しと、再生可能エネルギー推進があります。一方で、メガソーラーの拡大を「外国勢力の陰謀」と断定する人々や、再生可能エネルギー普及よりも原発再稼働を主張する人々から、メガソーラーは評判が悪い傾向にあります。

このように、特定の層から嫌悪感を抱かれているメガソーラー問題ですが、田久保市長を「メガソーラー利権と戦っている」と評価し、SNS上では「田久保がんばれ」といった応援コメントを投稿する人も存在します。

結論

学歴詐称疑惑という自身の危機に直面している田久保市長が、社会的な関心を集めるメガソーラー問題を「蒸し返す」ことで、批判の矛先を逸らそうとしているかのような構図が見えてきます。しかし、このような動きを利用するよりも、まずは自身の学歴についての説明責任を果たすことこそが、市民に対する誠実な姿勢ではないでしょうか。