1990年代半ばから2000年代初頭にかけて、バブル経済崩壊後の深刻な不況の中で就職活動を行った人々は「就職氷河期世代」と呼ばれています。この世代については、多くのメディアで「大学を卒業しても職がなく、非正規雇用を転々とした」といったイメージが頻繁に取り上げられ、それが典型的な姿として語られがちです。しかし、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、この一般的な認識に対して警鐘を鳴らしています。彼の見解によれば、そうした「職に恵まれず苦しんだ人々」は、実は氷河期世代全体の「典型」とは言えないというのです。この論考は、海老原氏の著書『「就職氷河期世代論」のウソ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
メディアが熱狂する「就職氷河期」という物語
「就職氷河期」というテーマは、日本のメディアにとって常に高視聴率や高い閲覧数を稼ぎ出す「鉄板ネタ」であり続けています。雑誌、テレビ、そしてネット媒体を問わず、この問題に関する記事や特集が頻繁に組まれるのはそのためでしょう。実際に、主要なビジネス誌や新聞記事がどれほどこのキーワードを扱っているかを調べてみると、その熱狂ぶりがうかがえます。
各オンライン媒体のトップページから「就職氷河期」というキーワードで単純検索した結果(2025年6月2日時点、文中に一言ある記事や転載記事も含む)は以下の通りです。
- ダイヤモンド・オンライン:574件
- プレジデントオンライン:208件
- 東洋経済オンライン:426件
- 日経ビジネス電子版:165件
- 日本経済新聞:669件
この数字は、メディアがいかにこのテーマに注目し、多くのコンテンツを生み出しているかを示しています。
就職氷河期世代の就職活動や将来への不安を示すビジネスパーソンのイメージ写真
「絶望」と「格差」に焦点を当てた報道の実態
では、メディアで取り上げられる「就職氷河期」関連の記事は、具体的にどのような内容なのでしょうか。その多くは、この世代が直面する困難や「無業者」「格差」「不平等」といったネガティブな側面に焦点を当てています。いくつかの記事タイトルを例に挙げてみましょう。
- 「溶けぬ『氷河期』 35〜44歳の無業者、1万人減どまり」(日経新聞 2020年2月3日)
- 「氷河期世代『7つの絶望格差』、就職・収入・結婚…生まれた時代で背負わされた悶絶世代間不平等」(ダイヤモンド 2025年3月20日)
- 「『氷河期世代の長男は一生働かない』40歳・不肖の息子の人生を背負う親の莫大な代償」(プレジデント 2021年7月20日)
- 「『生きて苦しむより、死んだほうがマシ』就職氷河期世代、51歳男性の絶望」(プレジデント 2021年2月7日)
- 「『まともな会社で働いた事ない』45歳男性の闘争」(東洋経済 2022年5月26日)
- 「氷河期40万人『ひきこもり』支援の切実な現場」(東洋経済 2020年1月20日)
これらの見出しが示すように、メディアの報道は「就職氷河期世代」の苦悩、経済的な格差、そして社会からの孤立といった、特定の暗い側面に偏重する傾向が見られます。海老原氏が指摘するように、これらの記事で描かれるような「絶望」や「苦闘」は、確かに世代の一部の人々が経験している現実ではあるものの、それが「就職氷河期世代」全体の代表的な姿であるかのように語られることには、問題があるのかもしれません。
まとめ
本記事では、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏による「就職氷河期世代」に関する一般的な認識への異議を提示しました。メディアが繰り返し取り上げる「職に恵まれず苦しむ人々」のイメージは、確かにこの世代が直面した厳しい現実の一部ではありますが、それが世代全体の「典型」とは言い切れないという海老原氏の主張は、この問題に対してより多角的な視点を持つことの重要性を示唆しています。私たちは、メディアの報道に接する際に、特定の情報が世代全体を代表するものではない可能性を考慮し、よりバランスの取れた理解を深める必要があるでしょう。
参考資料
- 海老原嗣生『「就職氷河期世代論」のウソ』扶桑社新書, 2021年.
- 各オンラインメディア(ダイヤモンド・オンライン、プレジデントオンライン、東洋経済オンライン、日経ビジネス電子版、日本経済新聞)掲載記事 (2025年6月2日時点).