総務省統計局が発表した7月の消費者物価指数は、天候変動の大きい生鮮食品を除いたコア指数で、前月6月から0.2ポイント縮小しつつも、前年同月比3.1%の上昇を記録しました。燃料価格が1年4カ月ぶりに下落に転じた一方で、コメや鶏肉、卵といった食料品が値上がりを続け、これで8カ月連続で3%台のインフレが続いています。2022年12月には、バブル期の1991年1月以来となる30年以上ぶりの4%台に達した際、日本銀行をはじめ多くの見方は「輸入インフレによる一時的な現象」とするものでした。しかし、その後もインフレが収まる兆しは見えず、国民の生活は厳しい状況に直面しています。
日本の物価高騰と日常生活への影響を示す街の様子
物価上昇がもたらす日本の財政の「見かけ上の」健全化
私たちが日々の生活で物価高騰に苦しむ一方で、意外なことに日本の財政は改善傾向に転じています。国と地方の債務残高対名目国内総生産(GDP)比の推移を見ると、バブル崩壊以降、ほぼ一貫して上昇を続けてきたこの比率が、世界的なインフレの波が日本にも及んだ2022年度以降、上昇に歯止めがかかっています。さらに、2025年度には2024年度から低下することが見込まれており、長らく課題とされてきた日本の財政状況に変化が見られます。では、この財政健全化傾向は、どのような要因によって引き起こされているのでしょうか。
財政改善を牽引する二大要因:実質経済成長とインフレ
内閣府の「経済財政白書(令和3年版)」が採用している手法を用いて、国・地方の債務残高対名目GDP比の変化幅を、基礎的財政収支要因、利払費要因、実質経済成長要因、そしてインフレ要因に分解して分析すると、現状の財政改善の主要因が明らかになります。
分析結果によれば、基礎的財政収支要因は依然として国・地方の債務残高を押し上げる方向に作用しており、意図的な財政健全化策が積極的に講じられていないことが示唆されます。実際、2024年度の一般会計決算の概要を見ると、国の税収は前年度を約3兆円上回る75兆2320億円と、5年連続で過去最高を更新しました。しかし、同時に2025年度の一般会計歳出額も2年ぶりに過去最大を更新し、当初予算規模が110兆円を超えるのは3年連続となるなど、歳出も拡大傾向で推移しています。これは、政府が積極的に歳出を抑制したり、増税によって財政健全化を目指したりしているわけではないことを裏付けています。
では、財政当局が意図的に財政健全化を進めているわけではないのに、なぜ財政の改善が進んでいるのでしょうか。現在の債務残高の改善に寄与しているのは、主に実質経済成長要因とインフレ要因の二つです。特に注目すべきは、インフレ要因が実質経済成長要因による財政改善効果を上回る形で、大きな貢献をしている点です。
このことから、足元での日本の財政改善は、増税や歳出削減といった積極的な財政健全化策の結果ではなく、むしろインフレによる「意図しない財政健全化」であると言えるでしょう。
結論:物価高騰が隠す財政の課題と将来への示唆
現在の日本の財政状況は、消費者の購買力を圧迫する物価高騰という厳しい経済環境の中で、「意図しない」形で改善の兆しを見せています。燃料価格の下落があったとはいえ、食料品価格の高止まりは続き、国民の生活を直撃しています。一方で、名目GDPに対する債務残高の比率がインフレによって相対的に低下する現象は、統計上の改善として現れています。
しかし、これは政府が積極的な財政再建の努力を重ねた結果ではありません。税収は過去最高を更新しているにもかかわらず、歳出も同様に拡大しており、根本的な財政構造の改革には至っていません。インフレによる「見かけ上の」財政健全化に安住することなく、真に持続可能な財政基盤を確立するためには、中長期的な視点に立った歳出の見直しや、安定的な税収構造の構築など、より踏み込んだ政策議論と実行が不可欠となるでしょう。
参考文献
- 総務省統計局 「消費者物価指数(CPI)全国 2020年基準」
- 内閣府 「経済財政白書(令和3年版)」
- Wedge Online 「インフレで進む財政再建の裏事情」 (Yahoo!ニュース掲載記事)