近年、日本の大手企業を中心に賃上げの動きが活発化し、平均年収が1000万円を超える企業が増加しています。三菱重工業が公表した有価証券報告書によると、2025年3月期の従業員の平均年収は1017万円に達し、前年比で52万円増、22年3月期比では150万円以上の大幅な増加を見せ、ついに大台を突破しました。同社はこの賃上げをベースアップや一時金の上昇によるものとしています。しかし、この「年収1000万円」がかつてのような「特別感」を失いつつあるという声も上がっており、物価上昇や社会保険料の負担増といった複合的な要因が、その実質的な価値に大きな影響を与えています。
日本の大手企業における春季労使交渉と賃上げの様子
大手企業での年収1000万円達成が加速
業績好調なトヨタ自動車も、25年3月期の平均年収が982万円(前年比82万円増)となり、1000万円の大台に迫っています。トヨタは再雇用社員や期間従業員を含む数字としつつも、労使協議を経て従業員の努力、競争力、業績、外部環境を総合的に考慮した結果だと説明しています。IT業界では、メルカリが24年6月期に平均年収1166万円を達成。平均年齢の上昇も一因ですが、5年前と比較して454万円の大幅増となっており、高水準の賃上げが各産業で進んでいることを示しています。
特に新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、日本企業での賃上げの動きは急速に進展しました。厚生労働省がまとめたデータによると、2024年春の大企業(資本金10億円以上、従業員1000人以上の労働組合がある企業348社)における賃上げ率は5.33%を記録し、これは1991年以来33年ぶりに5%の大台を超えた歴史的な水準です。2025年春も同様の水準が維持されており、このような積極的な賃上げを背景に、「平均年収1000万円」を実現する大手企業は着実に増加傾向にあります。
実際に働く人の数を基準に見ても、大企業における「年収1000万円超」の層は顕著に増加しています。国税庁の民間給与実態統計調査によると、2023年時点で資本金10億円以上の大企業において、年収1000万円以上の給与を得た人は123万人にも上り、2013年と比較して約7割増となりました。割合で見ると、かつて11人に1人だったのが、今では7人に1人がこの水準に達している計算です。2024年以降も大幅な賃上げが続いていることを考慮すれば、この傾向はさらに加速していると見られています。
「年収1000万円の特別感」が薄れる背景
しかしながら、「年収1000万円」が持つ「特別感」は失われつつあり、必ずしも手放しで喜べる水準ではなくなったとの声が上がっています。『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』(新潮社)の著者でファイナンシャルプランナーの加藤梨里氏は、「現在の年収1000万円の生活水準は、2000年ごろの約800万円と同じくらいではないか」と指摘します。この背景には、支出構造の変化、物価上昇、そして税金や社会保険料の負担増など、複数の要因が絡み合っています。
物価上昇と支出構造の変化
支出の変化の具体例として、加藤氏は携帯電話などの通信費の上昇、共働き世帯が増えたことによる時短家電やサービスの利用増、そして子供がいる家庭では保育園に加え学童や習い事などの教育関連支出が不可欠になっている点を挙げます。さらに、消費者の物価上昇が年収の実質的な価値に与える影響についても、「この5年間くらいで、感覚的には10%は目減りしている」と加藤氏は分析しており、額面上の年収増加が必ずしも購買力の向上に直結しない現状を示唆しています。
税金・社会保険料負担の増加
社会保険料の負担増もまた、年収1000万円の「特別感」低下に拍車をかけています。加藤氏の指摘によると、税金や社会保険料の負担率は2000年には19.1%でしたが、2023年には25.9%まで増加しており、個人の負担感が大幅に強まっている現状が浮き彫りになっています。
加えて、2027年以降には厚生年金保険料の算定基準となる「標準報酬月額」の上限額が段階的に引き上げられる予定です。これにより、年収1000万円程度の層では年間約10万円の支出増が見込まれており、さらなる負担増に繋がるでしょう(ただし、将来支給される年金の増加効果も伴います)。
首都圏で高まる必要年収水準
こうした状況の中、特に首都圏では住宅価格の高騰が著しく、ゆとりのある生活を送るために求められる年収水準は一段と引き上がっていると加藤氏は話します。彼女の見解では、「子供のいる家庭の場合、2000年ごろに年収1000万円で『勝ち組』と言われたような余裕のある生活水準を現在実現するには、世帯年収ベースで1500万~1800万円は必要だろう」とされています。
加藤氏は、家計に求められる年収水準が高まっている現状に対し、企業が果たすべき役割の重要性を強調します。「年収の一層の引き上げを進めるとともに、共働きがしやすい労働環境の整備や、住宅費や教育費の補助を増やすといった施策が改めて重要になる」と提言しており、単なる賃上げだけでなく、従業員の生活を総合的に支えるための企業努力が求められています。
参考文献
- 三菱重工業 有価証券報告書 (詳細日付不明、2025年3月期関連情報)
- トヨタ自動車 広報発表 (詳細日付不明、2025年3月期関連情報)
- 株式会社メルカリ 決算資料 (詳細日付不明、2024年6月期関連情報)
- 厚生労働省: 春季労使交渉の賃上げ率に関する統計 (詳細日付不明、2024年春期関連情報)
- 国税庁: 民間給与実態統計調査 (2013年, 2023年データ)
- 加藤梨里 著: 『世帯年収1000万円 「勝ち組」家庭の残酷な真実』 新潮社 (出版年不明)
- Yahoo!ニュース: 大手企業で平均年収1000万円続々…それでも「喜べない水準」の理由, (参照元記事)
- 日経ビジネス: 賃上げが進み、大手企業の平均年収も急増。平均年収の推移 (参照元記事内の関連画像元)