123cmの大学生・星来さん、「2型コラーゲン異常症」診断までの苦悩と家族の支え

“身長123センチの大学生”として、先天性の疾患「2型コラーゲン異常症」の情報発信を行う星来さん。低身長や合併症と向き合いながら、障害者専門芸能事務所アクセシビューティーマネジメントに所属し、モデルとしても活躍中です。本記事では、彼女が自身の疾患に気づき、確定診断に至るまでの経緯、そしてその過程で経験した家族の苦悩に焦点を当てます。

幼少期から向き合った「2型コラーゲン異常症」の兆候

星来さんは、物心ついた頃から自身が周囲より小柄であり、通院が必要なことを認識していました。生まれつきの障害であり、家族が隠すこともなかったため、いつから意識したかという明確な時期はなく、ごく自然な日常の一部でした。母親の妊娠中に大腿骨の短さが指摘され、出生後には軽度の白内障や口腔内の口蓋垂裂といった症状も確認されましたが、当時の医療検査では確定診断には至らず、病名が不明な状態がご両親にとって大きな不安材料でした。

幼少期の星来さんがひな人形と写る写真、2型コラーゲン異常症の診断前の様子幼少期の星来さんがひな人形と写る写真、2型コラーゲン異常症の診断前の様子

10年以上の歳月を経て、ようやくたどり着いた確定診断

診断名がないまま、星来さんのご両親は全国10箇所以上の病院を訪ね、専門医の意見を求め続けました。そして2歳の時、ようやく「2型コラーゲン異常症」の中の「先天性脊椎骨端異形成症」に分類される可能性が高いという推測が得られました。しかし、これもまだ「推測」の域を出ず、最終的に確定診断が下されたのは、星来さんが中学生になった時です。この長い診断の旅は、家族に多大な精神的負担を強いるものでした。

診断確定後の安堵と、母親が経験した苦悩

確定診断が下された時、星来さん自身は「やっぱりそうだよね」と納得し、ある種の安堵感を覚えたと語ります。病名が不明だった乳幼児期、他の子どものように身長が伸びないことに対し、医師から「母乳が悪いのではないか」「ミルクに変えてカルシウムをたくさん飲ませるように」などと心ない言葉をかけられたこともあったそうです。母親はそうした誤った指導や周囲の無理解に直面し、つらい思いを経験しました。確定診断は、星来さんだけでなく、ご家族にとっても長年の重荷が一つ取り除かれた瞬間でした。

星来さんの幼少期から中学生にかけての診断までの道のりは、稀な疾患を抱える個人と家族が直面する困難、そして社会における病への理解の重要性を示しています。彼女のモデルとしての活動や情報発信は、同じような境遇の人々への希望となり、より広い社会全体の啓発に繋がるでしょう。

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