日本航空(JAL/JL、9201)は2025年9月4日、ホノルル発の複数便が最大18時間遅延し、約630人の乗客に影響が出た機長(64)による飲酒問題に関して、当該機長を解雇を含めた厳正な処分とすることを発表しました。社内調査の結果、機長はステイ中の飲酒を禁じる社内規定に違反して10回程度飲酒していたこと、さらにはアルコール検査器の記録日を改ざんしていたことが判明しています。このような行為は、会社側のシステムには正確な日時が記録されるため無意味であるものの、飲酒の事実を隠蔽しようとする機長の心理状態を示唆しています。国土交通省や航空会社がパイロットの飲酒問題に対して重い処分を下す背景には、飲酒行為が安全運航を担うパイロットとしての資質、すなわち自制心に疑念を生じさせるという認識があるためです。
問題の経緯と影響:ホノルル発3便に最大18時間の遅れ
機長の飲酒行為と自主検査での改ざん
問題が発生したのは現地時間の2025年8月28日です。中部行きJL793便(ボーイング787-9型機、登録記号JA874J)に乗務予定だった当該機長は、前日の8月27日の昼頃、ホノルルでのステイ先のホテルでアルコール度数9.5%のビールを3本飲んでいました。
27日、羽田発ホノルル行きJL72便で午前10時35分にホノルルに到着した機長は、約1時間40分後の午後0時15分にホテルに到着。ホテル近くのコンビニエンスストアでビールを2本購入し、午後0時45分から約2時間かけて自室で飲酒。その後、午後2時頃に同じコンビニで3本目のビールを追加購入し、約30分で飲み終えていたことが明らかになっています。
乗務予定日である28日の午前7時に起床した機長は、自主検査で0.45mg/Lのアルコールが検知されました。出発予定時刻である午後0時15分までの約5時間にわたり、機長は体内のアルコールがゼロになることを確認するため、約60回もの自主検査を繰り返していました。この自主検査のうち、約10回分の検査日を意図的に改ざんしていたことも判明しています。
ホテル出発予定時刻の午後0時15分の時点でも、機長の自主検査では0.05-0.07mg/Lのアルコールが検出されました。中部行きJL793便は機長と副操縦士の2名乗務が通常ですが、この日は当該機長と別の機長による機長資格者2名体制が予定されていました。機長はホテルを出る前に、同乗するもう一人の機長に体調不良を申し出るとともに、羽田空港にある運航本部に対し、自主検査でアルコールが検知されたことと前日に飲酒した事実を報告しました。
JALでは、パイロットのアルコール検査を自主検査を含めると4段階で実施しています。機長が60回繰り返した自主検査は「自発的な検査」と呼ばれ、自身のアルコール耐性や体調を確認するためのもので、会社のシステムに接続しない「オフライン」で行われます。その後、会社や国が定めた3回の検査はシステムに接続して「オンライン」で実施されます。具体的には、自宅やステイ先のホテルで行う「出社前検査」、出発空港到着後に実施する「事前検査」、そして国土交通省航空局(JCAB)が定める「乗務前検査」を経て、アルコール度数がゼロであることを証明してから乗務が許可されます。今回のケースでは、機長は自主検査でアルコールが検知された時点で、出社前検査に進む前に会社へ報告しました。
飲酒発覚から便の遅延まで
当該機長が乗務予定だった28日の中部行きJL793便は、後続のホノルル発28日午後4時35分発羽田行きJL71便(787-9、JA876J)のパイロットと交代して出発しました。JL793便は定刻より2時間8分遅れの28日午後4時28分に、乗客239人(幼児2人含む)と乗員12人(パイロット2人、客室乗務員10人)を乗せてホノルルを離陸しました。
JALの常務執行役員らが飲酒問題について国土交通省での会見前に陳謝する様子
一方、28日の羽田行きJL71便は、代替パイロットを日本から手配する必要が生じ、結果として18時間41分の大幅な遅延となりました。さらに、このパイロット手配の影響は、翌29日の羽田行きJL71便(787-9、JA875J)にも及び、こちらも18時間21分遅れでの出発を余儀なくされました。
JALの対応と背景:安全性への疑念と厳しい処分
会社側の謝罪と処分方針
2025年9月4日に会見を行った、安全問題の責任者である「安全統括管理者」の中川由起夫常務執行役員は、「社会へのお約束を破ってしまった」と述べ、南正樹運航本部長、野田靖常務執行役員総務本部長と共に深く陳謝しました。野田常務は、当該機長に対して「解雇も含めて処分を検討する」と明言しました。
この問題が発生した8月は、日航機墜落事故から40年という節目の月にあたります。中川常務は「ご遺族の皆様に申し訳ない」と改めて謝罪の意を示しました。南運航本部長によると、当該機長はJALに最初から入社したパイロットであり、事故当時の社内状況を知る世代の一員でした。中川常務は、当該機長がアルコールに関する要注意者ではあったものの、飲酒リスクを3段階に分類した中で、最も低いリスクの要注意者に分類されていたと説明しました。
飲酒対策の現状と課題
JALは、2024年12月1日にオーストラリアのメルボルンで発生した飲酒問題を受けて、同年12月11日からパイロットのステイ先での飲酒を社内規程で禁止していました。しかし、今回の当該機長は、この規定施行後もステイ先で10回程度飲酒していたことが明らかになりました。
ホノルルでの機長飲酒問題について説明を行うJALの中川由起夫常務執行役員
さらに、今年8月初旬に実施された身体検査では再検査となり、下旬に行われた産業医との面談で断酒が指示されていました。この面談の前日には運航本部のアルコール対策専門部会分科会が開催されていましたが、健康管理を担当する部門との連携が不十分であったため、当該機長の健康情報は分科会の議題には上がっていませんでした。このことは、社内の情報共有体制に課題があったことを示唆しています。
今後の対策強化:飲酒リスク基準の見直しとデータ活用
中川常務は、パイロットの飲酒リスクに関する要注意者の選定基準について「基準を見直す必要があると考えている。(当該機長を)リスクが一番低いと分類してしまったことを深く反省している」と述べ、現状の評価システムの不備を認めました。要注意者全体の人数については「それほど多くないのではないか、という感触だ」と答えました。
2024年12月にメルボルンで飲酒問題を起こし解雇された2名の機長と比較し、当該機長は「普段の様子からは問題があるようには見えなかったため、過去の事例とは少し違う側面があると感じている」(中川常務)と分析しました。このことから、「日常的な行動だけでは見抜けない部分を、どうやって総合的に把握していくかが今後の課題だと認識している」と述べ、より多角的な視点からのアルコール対策の必要性を強調しました。
アルコール検知機の日付改ざんについては「今回の事案で初めて把握した。会社側のシステムにデータが残るため、日付を変更しても意味はない」としながらも、「今後はより詳細なデータ活用を検討したい。検知器のデータだけでなく、勤怠や職場の面談状況など、さまざまな周辺情報も活用し、リスクを抱えた乗員(パイロット)に迅速なアプローチをしていきたい」と語り、パイロットの心理状態の変化を含め、アルコール問題への対策に生かしていく考えを示しました。
メルボルン事案後に会社側が進めている飲酒問題の対策強化について、パイロット側の反応は「乗務前の検査を確実にやる、という意識は浸透してきている。しかし、今回の事案を防げなかったという点では『会社はもっとやるべきことがある』と思われているかもしれない。乗員の協力が不可欠であり、これからも理解を求めていきたい」と、パイロットとの連携の重要性を訴えました。
一方で、国際線の乗務から要注意者を一律に外すといった対応については、「高リスクの乗員を国際線から一律に外すことのインパクトはまだ検討していないが、リスクの度合いに応じてメリハリをつけることも考えなければいけない」と述べ、飲酒問題のリスク評価に応じた乗務配置の見直しを行う可能性に言及しました。JALは新たな対策として、専門機関の支援を導入し、1カ月以内に対策を立案することを目標としています。
本件は、航空業界における安全運航の根幹を揺るがす重大な飲酒問題であり、JALは今回の事案を重く受け止め、機長に対する厳正な処分方針を明確にしました。飲酒規定違反、アルコール検査記録の改ざん、そして情報共有の不備といった複数の問題が露呈したことで、同社はパイロットの飲酒対策やリスク管理体制のさらなる強化を迫られています。パイロットの資質と信頼性に対する社会の目は厳しく、JALが今後どのように具体的な再発防止策を講じ、失われた信頼を回復していくかが注目されます。航空安全を守るための徹底した取り組みが、航空会社に課せられた最大の使命と言えるでしょう。