日本人の朝に欠かせない「朝ドラ」こと連続テレビ小説は、1961年の放送開始以来64年間もの長きにわたり、私たちに感動と笑顔を届けてきました。毎朝15分、登場人物たちの喜怒哀楽に触れる時間は、まるで一日の活力をくれる朝食のようです。この連載では、朝ドラに関する著書を2冊出版し、10年以上にわたりレビューを続けてきた専門家が、毎週の放送内容を深く掘り下げ、視聴者の皆様がドラマをさらに楽しめるような情報をお届けします。今回は、2025年9月4日に放送された「あんぱん」第114回の詳細なレビューです。
嵩、漫画大賞受賞!昭和42年100万円の真の価値とは
昭和42年(1967年)7月、ついに懸賞漫画の受賞者発表の日が訪れました。のぶ(今田美桜)は結果を確認することなく、本屋で雑誌を購入し、神社へのお礼参りを済ませてから帰宅。結果の確認は、夫である嵩(北村匠海)に託されました。ページを開くと、そこには『ボオ氏』が大賞を受賞したという吉報が。嵩は安堵のため息をつきます。
賞金は100万円。現在の感覚では大きな金額ですが、昭和42年当時の100万円には、一体どれほどの価値があったのでしょうか。日本銀行の貨幣価値に関する参考計数(※)によると、企業物価指数では令和6年の物価が昭和40年の約2.5倍、消費者物価指数では約4.6倍とされています。これを令和6年時の昭和42年の消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)に適用して計算すると、当時の100万円は現在の約4.2倍に相当し、約420万円の価値があったと推測されます。嵩が手にした100万円は、まさに夢のような大金だったと言えるでしょう。
朝ドラ「あんぱん」第114回、漫画大賞受賞に安堵する嵩と喜ぶのぶ(今田美桜、北村匠海)
祝賀会での八木と蘭子の微妙な関係、そしてのぶの愛ある感謝
嵩の漫画大賞受賞を祝うささやかな祝賀会が、八木(妻夫木聡)の会社で催されました。のぶたち朝田家、健太郎(高橋文哉)、いせたくや(大森元貴)らが集まり、賑やかなひとときを過ごします。健太郎は『ボオ氏』について、「ボオ氏、帽子、某氏」というダジャレめいたネーミングを洒落ていると称賛。八木は嵩に対し、「おまえはいつも逆境から大逆転するんだ」と絶大な信頼を口にします。
そこに遅れて現れたのが蘭子(河合優実)。階下に住んでいるにもかかわらず、この場で「おめでとう」と伝えるのは不自然に思えますが、蘭子は仕事が多忙で日頃の交流が少なかったようです。八木はすぐに蘭子をオフィスの隅に呼び寄せ、傘を返したり、新たな仕事を依頼したりと、周囲の視線がある中で二人の関係を「匂わせる」かのような行動を見せます。これには羽多子(江口のりこ)も「あの人やね」と八木に興味津々。しかし、この日はそれ以上の進展はありませんでした。
そんな中、のぶは「私は主人が賞をとったこと以上に主人が今日も笑っていて、みんなも笑ってる。そんな日々がいとおしくてたまりません。ありがとう」と、まるで『サザエさん』の主題歌を思わせるような、温かい感謝の言葉を述べます。嵩の成功だけでなく、日々の幸福を慈しむのぶの姿が印象的でした。
やなせたかしと手塚治虫、運命の出会い:『千夜一夜物語』への道
やがて、のぶは登美子(松嶋菜々子)に茶道を習い始めます。その稽古中に、手嶌治虫(眞栄田郷敦)が訪ねて来ました。先日電話で一方的に切られてしまったため、直接会いに来たのです。のぶは習いたてのお茶を手嶌に振る舞いますが、心が落ち着いた手嶌はそのまま気を失ってしまいます。羽多子は「一服もったがやないやろうね」と心配。手嶌は茶室で眠り込んでしまい、帰宅した嵩は手嶌の姿に驚きを隠せません。
「やないたかし先生。はじめまして」と手嶌は嵩に挨拶します。以前、手嶌は嵩の靴紐を結んであげたことがありましたが、その時はまだ相手が嵩であることには気づいていませんでした。手嶌は、これから手掛ける『千夜一夜物語』のキャラクターデザインを嵩に依頼するためにやって来たのです。雑誌の表紙に描かれた女性の絵に惹かれたと語ります。これは、やなせたかしと手塚治虫の史実を巧みに織り交ぜたエピソードと言えるでしょう。
手嶌はのぶを「漫画のヒロインのような顔立ちをしている」と指摘。どうやら嵩が描く女性像に、のぶの面影を見出したようです。その観察眼の鋭さに驚かされます。この一連のシーンで特に印象的だったのは、嵩が手嶌の初期作品『ロストワールド』に衝撃を受けたと語り、手嶌が心から喜ぶ場面です。誰もが『鉄腕アトム』ばかりを称賛する中で、異なる作品名を挙げてもらえることは、クリエイターにとって何よりの喜びだったのでしょう。
しかし、嵩にはそのような代表作がある経験すらありません。「必ずやないたかしさんはすごい作品を書きますよ」と手嶌は予言します。それは、やがて国民的ヒーローとなる「あれ」のことであるに違いありません。しかし、やなせたかし自身も、その「あれ」ばかりが語られるようになることに、時にうんざりしていたのかもしれない、という含みのある結びは、視聴者に深い思索を促します。
第114回は、嵩が漫画家としての大きな一歩を踏み出し、その成功が周囲に喜びをもたらす一方で、八木と蘭子の関係や、のぶの健気な愛情が描かれました。そして、何よりも注目すべきは、やなせたかしと手塚治虫という、日本の漫画史を代表する二人の巨匠の運命的な出会いです。この出会いが、今後の嵩のクリエイティブな活動にどのような影響を与え、やがて「あれ」へと繋がっていくのか、ますます目が離せません。次回の放送もぜひご期待ください。
参考文献
- 日本銀行:教えて!にちぎん 貨幣博物館 (貨幣価値の参考計数について)