膵臓がんが「最も難治のがん」と呼ばれる理由:早期発見の鍵と最新治療

日本人の間でがんで命を落とす確率は、男性で約4人に1人、女性で約6人に1人という統計が出ています。数あるがんの中でも、肺がん、大腸がんに次いで3番目に死亡者数が多い膵臓がんは、「最も難治性が高いがん」として知られています。その5年生存率は男性8.9%、女性8.1%と極めて低く、胃がんや大腸がんの70%前後と比較しても、その深刻さが際立っています。かつて膵臓外科を専門としてきた経験から、多くの膵臓がん患者と向き合ってきましたが、ライフスタイルの欧米化に伴い、日本における膵臓がんの罹患率は増加傾向にあります。アルコールの過剰摂取、肉類中心の食事、糖尿病や肥満といった生活習慣病が、特にリスクを高めるとされています。

膵臓がんの恐るべき実態:なぜ発見が困難で進行しやすいのか

膵臓がんがこれほどまでに恐れられる主な理由は、発見された時点ですでに病状が進行しており、手術による治療が手遅れとなるケースが少なくない点にあります。膵臓は胃や大腸の後ろ、体の背中側に隠れるように位置しており、体の表面から直接触れることができないため、腫瘍や異常の早期発見が非常に困難です。

初期段階での症状も、「何となくお腹が痛い」「背中に鈍い痛みがある」といった漠然とした訴えが多く、患者自身が深刻な病気だと認識しづらいため、医療機関への受診が遅れがちになります。通常の健康診断で行われる検査でも、超初期の膵臓がんは見つけられないことが多く、結果として診断と治療の開始が遅れてしまうのです。

膵臓がんは「浸潤性」のがんとして知られています。これは、腫瘍が非常に小さな段階から周囲の組織に悪影響を及ぼしやすい特性を持つことを意味します。膵臓の後面には門脈や動脈といった重要な血管が、また膵臓周辺にはリンパ管網や神経叢が豊富に存在するため、がん細胞が容易に広がりやすい構造になっています。画像検査で確認できるほどの大きさになった時には、すでにがんが進行しており、手術が困難な状態になっていることが少なくありません。この高い悪性度が、膵臓がんを「危険ながん」と呼ぶ所以です。

膵臓がんのイメージイラスト。体内に隠れた臓器で早期発見が困難な膵臓を示す。膵臓がんのイメージイラスト。体内に隠れた臓器で早期発見が困難な膵臓を示す。

早期発見のための検査と多様な治療アプローチ

膵臓がんの早期発見のためには、定期的な健康診断が不可欠です。年に一度は、腹部超音波(エコー)検査に加え、CA19-9などの腫瘍マーカー検査を組み合わせたスクリーニングをお勧めします。これらの検査で少しでも疑わしい所見があれば、膵臓専門の医療機関を受診し、より精密な検査を受けることが重要です。

専門医療機関では、MRCP(磁気共鳴胆管膵管撮影法)や腹部造影CT検査、さらには超音波内視鏡(EUS)検査が行われます。膵臓が胃の裏側にある特性を活かし、EUS検査では胃壁から穿刺して細胞を採取し、確定診断を行うことができます。

治療法としては、局所療法として手術が選択されることがあります。近年では、腹腔鏡手術やロボット手術といった低侵襲な手法も試みられていますが、膵臓がんの場合、手術単独での完治は難しいと考えるべきです。他にも、放射線療法(重粒子線療法も保険適用)があり、全身療法としては抗がん剤の多剤併用療法や免疫療法が用いられます。どの治療法を選択するかは、がんのステージや患者さんの状態によって大きく異なります。そのため、専門医と十分に話し合い、納得のいくまで情報を得てから決定することが、膵臓がん治療において極めて重要なポイントとなります。

直木賞作家の山本文緒さんは2021年、58歳で膵臓がんのため急逝されました。その年の4月にステージ4bの膵臓がんと診断されてから、わずか半年後の10月に亡くなられたのです。ご主人の高橋源一郎さんと軽井沢のご自宅で病と闘った日々は、著書『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』(新潮社)に綴られています。そこには、治療法がないことへの苦悩や、抗がん剤治療の過酷さが生々しく描かれており、多くの人々の胸を打ちました。この事例は、膵臓がんの進行の速さと治療の難しさを改めて浮き彫りにしています。

まとめ

膵臓がんは、その位置的な特性と進行の速さ、初期症状の曖昧さから「最悪の難治がん」と位置づけられています。しかし、希望がないわけではありません。早期発見のための定期的な検診、そして疑わしい症状があれば専門医療機関での精密検査を受けることが、治療の成功率を高める上で極めて重要です。また、診断された際には、複数の治療選択肢の中から自身の状況に最も適した方法を、専門医と徹底的に議論し、納得して選択することが求められます。自身の体調変化に注意を払い、積極的に医療と向き合う姿勢が、この難敵に立ち向かうための第一歩となるでしょう。


参考文献

  • 伊藤壽記. (2023). 『自然治癒力を引き出す』幻冬舎新書.
  • PRESIDENT Online. (2025年10月22日). 「なぜ膵臓がんは「最も難治のがん」と呼ばれるのか 超初期なら通常の検診でも見つけられない」. Yahoo!ニュースより引用. (https://news.yahoo.co.jp/articles/9888c626504026c0fd405f035ca8fd991a4acece)
  • 山本文緒. (2022). 『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』新潮社.