文部科学省が定める学習指導要領は、全国の学校におけるカリキュラムの基礎となる重要な基準です。小学校から高校までの各教科で教える内容を規定し、教科書や入試にも大きな影響を与えます。およそ10年ごとに改訂されるこの要領について、現在、国の審議会(中央教育審議会)で本格的な検討が進められています。先日9月25日には、これまでの議論を集約した中間報告的な「論点整理」が公表されました。しかし、この重要な資料には、教育現場が長年訴え続けているある課題への言及が欠けていると指摘されています。
文科省の「論点整理」に見落とされた重要課題
今回の「論点整理」では、今後の教育の基本的な方向性や多岐にわたる検討課題が整理されており、学校現場の裁量的な時間創出など、賛同できる点も多く含まれています。しかし、この「論点整理」の中で「論点」として扱われていない事柄は、今後の検討対象から外される可能性が高いと見られます。文科省や委員会の時間は限られているため、議論の焦点を絞る必要性は理解できます。しかし、もし学校現場の教員が最も強く求めている問題が検討課題に含まれていないとすれば、それは重大な問題と言えるでしょう。
これまでの議論や今回の「論点整理」において、ほとんど扱われてこなかった課題、それは「学習指導要領の内容が多すぎるのではないか、削減が必要ではないか」という問いです。様々なアンケート調査結果からも、教えるべき内容が過多であるという教員の意見が多数を占めていることが明らかになっています。例えば、ベネッセが行った調査では、小学校教員の約66%、中学校教員の約55%が「学習内容が多くて授業で教えきれない」と回答しています。
文科省の学習指導要領改訂、カリキュラム過多の課題を示す資料
深刻化する「カリキュラム・オーバーロード」現象
この「学習内容の過多」という現象は、日本だけでなく他の先進国でも「カリキュラム・オーバーロード」と呼ばれ、大きな課題となっています。「オーバーロード」とは船などの過積載や過重負担を意味し、カリキュラム・オーバーロードは、学校や教師、児童・生徒に過大な負担がかかっている状態を指します。時代や社会の変化に伴い、子どもたちに「あれもこれも」と教えたい内容が増えやすく、各国で同様の問題が発生しやすい傾向にあります。
何をもってオーバーロードと判断するかは難しいですが、この現象が生じると、学習が「広く、浅く」終わってしまい、深い学びや定着が阻害されるなど、教育の質に深刻な問題を引き起こすことが指摘されています※。次期学習指導要領の改訂においては、このカリキュラム・オーバーロード問題こそが最重要課題の一つとして取り組まれるべきだと、多くの専門家や現場関係者が考えていました。しかし、今回の「論点整理」では、カリキュラム・オーバーロードという言葉自体への直接的な言及は見られません。もちろん、教師の負担軽減への配慮や教科書の内容の精選といった視点での検討は一部あるものの、問題の根本原因である「内容の過多」への踏み込んだ議論は不足していると言わざるを得ません。
教育現場が本当に求めているのは、現行のカリキュラムが抱える重荷を真剣に見つめ直し、実効性のある内容精選を進めることです。次期学習指導要領の改訂が、教員の負担を軽減し、子どもたちがより豊かに学べる環境を整備する機会となるためには、このカリキュラム・オーバーロード問題に正面から向き合うことが不可欠であると考えられます。
参考文献
- 白井俊 (2020) 『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』ミネルヴァ書房.
- 奈須正裕編著 (2021) 『「少ない時数で豊かに学ぶ」授業のつくり方 脱「カリキュラム・オーバーロード」への処方箋』ぎょうせい.