一度は諦めた大学への道を、43歳で一般受験し再挑戦する――。そんな異色の経験をした伊藤賀一氏が語る「学び直し」は、単なる学歴の取得にとどまらない、人生を豊かにする多大なメリットを秘めています。日々驚きの連続だったという彼の大学生活は、出会い、仕事、そして身だしなみに至るまで、想像以上に多くの変化をもたらしました。「いまさら大学?」と考える人々にこそ伝えたい、大人の学びが提供する現実的で確かな自己成長の選択肢に迫ります。
「学び直し」で広がる新たな人間関係と世界
43歳で大学に再入学し、49歳で卒業した伊藤氏は、さらに資格試験を含む受験を検討するなど「学び続ける」ことの重要性を強調します。そのメリットは、特にプライベート面で顕著に現れました。最も大きな変化は、人間関係の劇的な拡大です。大学教授、年の離れた先輩、同級生、後輩、そして外国籍の先生や留学生まで、多様な背景を持つ人々との出会いが日常となりました。これらの関係は卒業後も続き、彼の人生に深みと広がりを与えています。
伊藤氏の経験で特筆すべきは、所属ゼミの恩師、小林敦子先生との出会いです。16歳年上の小林先生が掲げる「脚で稼ぐ」というモットーは、彼に仕事とは無関係に様々な人々とフラットに交流するための軽やかなフットワークをもたらしました。また、ゼミの合宿で訪れた広島県の大崎上島町では、県立大崎海星高校を中心とした「地域魅力化プロジェクト」に関わる地元の人々との深いつながりを築きました。この魅力的な瀬戸内海の離島へは、今でも毎年訪れて交流を深めているといいます。
大学キャンパスを歩く社会人学生のイメージ。学び直しの決意を表現。
さらに、伊藤氏にとって奇跡とも言える出会いがありました。それは、彼が10代の頃に早稲田大学を志望するきっかけとなった、往年の駅伝・マラソンランナー、瀬古利彦氏との対面です。留年1年目の早稲田祭で、運営スタッフとして関わっていた講演企画で控室に居合わせたのです。「瀬古さんの影響で早稲田の教育学部志望になりました。でも18歳の時に落ちて25年後に入り直しました」と緊張しながら伝えた伊藤氏に、瀬古氏は「僕も浪人して一般受験で入ってるんだよ、嬉しいねえ」と名刺を渡してくれました。この感動的な瞬間は、伊藤氏が「中国語を落として留年してよかった」と実家の母親に電話するほどの喜びでした。
世代間の交流で得られる自己変革と成長
「学び直し」の第2のメリットは、学力が高く20歳前後の若者のトレンドに詳しくなれることです。毎日25歳ほど年下の学生たちと共に過ごすことで、言葉遣いから何から、多くの影響を受けました。例えば、1限に遅刻した際に「絶起(絶望の起床)」とごく自然に口にしている自分に気づいた時は、まさに驚きだったといいます。
第3のメリットは、他者からどう見られるか、他人の気持ちを気にするようになったことです。端的に言えば、身だしなみにかなり気を遣うようになり、その重要性を再認識しました。学内には自身の担当する学習サービス「スタディサプリ」の生徒が多く、アウェー感を感じることはありませんでしたが、それでも大学やゼミというコミュニティに所属する社会人学生は少数派です。異なる世代や文化を持つ人々との交流において、見た目を意識することは非常に大切だと彼は語ります。ファッションや身だしなみは、「敵意がない」「悪意がない」ことを示す自己表現となり、円滑な人間関係を築く上で欠かせない要素なのです。
まとめ
43歳で大学に再入学した伊藤賀一氏の経験は、「学び直し」が人生にもたらす計り知れない価値を明確に示しています。新たな人間関係の構築、若者のトレンドへの適応、そして自己の外見や内面への意識改革は、学歴以上の豊かな人生経験へとつながりました。学び続けることは、単に知識を増やすだけでなく、自己を更新し、社会とのつながりを深め、人生を前向きに進めるための確かな投資と言えるでしょう。大人の「学び直し」は、多様化する現代社会において、一人ひとりが輝くための現実的な選択肢として、ますますその重要性を増しています。
参考文献
- 伊藤賀一『もっと学びたい!と大人になって思ったら』(筑摩書房)