江戸時代の「コメ」のあり方に着目した 新刊 を上梓した小説家の門井慶喜氏と、国際日本文化研究センター教授の磯田道史氏が、日本人とコメの関係について語り合った。
【画像】新刊『天下の値段 享保のデリバティブ』を上梓した門井慶喜氏
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世界初の「先物市場」は大阪だった
磯田 今年は米の値段が高騰し、国民的な問題になっていますが、そんな折に門井さんが江戸幕府八代将軍・徳川吉宗と大坂商人との闘いを描いた『 天下の値段 享保のデリバティブ 』(文藝春秋)を上梓されました。吉宗は政治の力で米価を統制しようとし、大坂商人は需要と供給で価格が決まる市場を守ろうと奮闘する。このようなテーマで小説を書くきっかけは何だったんですか?
門井 直接的なきっかけは、神戸大学で経済史を研究されている高槻泰郎先生の『大坂堂島米市場(こめいちば) 江戸幕府vs市場経済』(講談社現代新書)をたまたま手に取って読んだら、すごく面白かったことです。江戸時代の大坂堂島では、日本全国から集められた莫大な量の米が売買されていて、市場経済が著しく発達していた。17世紀末ごろには米を取引する世界初の「先物市場」が誕生していたと言われています。
もう一つの出発点は、2020年にコロナ禍によって夏の高校野球が中止になったことです。調べてみると、それ以前に夏の高校野球が開催されなかったのは、1942年から45年で、太平洋戦争が原因です。でも、実はもう1回、1918年に中止されているんです。
磯田 その理由は何だったんですか?
門井 それが、米騒動なんです。シベリア出兵などが原因で米価が急騰して、全国的な暴動に発展して。そこへさらに球場に人が集まったりしたら、と警戒されたようです。米騒動が戦争と感染症に匹敵するインパクトを日本社会に与えていたことを知り、いずれは米と日本人をテーマにした小説を書きたいと思っていました。そのテーマを温めていたところで、大坂堂島に成立した米の「先物市場」のことを知り、米と日本人にお金が加われば、読者の役に立って、かつ面白い小説が書けるのではないかと。