近年、公立中学校の部活動を地域の民間クラブなどに移行する「地域移行(地域展開)」の動きが全国で加速しています。この変化は、生徒たちの活動機会の確保という側面を持つ一方で、保護者や指導者に新たな負担を生み出し、教育現場に多様な課題を投げかけています。「お母さんの体がもたないからクラブをやめてくれないか」という保護者の切実な声は、この移行がもたらす現実の一端を示しています。本記事では、信濃毎日新聞のアンケート調査を基に、部活動の地域移行が直面する具体的な問題点、特に保護者の金銭的・時間的負担、教育格差の拡大、そして子どもたちの意見が置き去りにされている現状を深く掘り下げ、より良い形でこの移行を進めるための提言を探ります。
「部活動の地域移行」に関する当事者アンケートの概要
信濃毎日新聞「声のチカラ」(コエチカ)取材班は、公立中学校の部活動の地域展開(地域移行)について、当事者である保護者や指導者を中心にアンケートを実施しました。この調査は、通信アプリLINEを通じて5月30日から6月8日にかけて行われ、多様な立場からの率直な意見が集められました。
保護者から見た負担増大:遠征、送迎、そして金銭
地域移行は、保護者に具体的な負担増をもたらしています。長野県長野市の女性会社員(43歳)の事例では、子どもが中学校のバスケットボール部から地域のクラブに移行したことで、遠征の機会が格段に増加しました。それに伴い、保護者による送迎の頻度、月謝、さらには体育館の場所取りといった金銭的・時間的負担が大幅に増大したといいます。平日の帰宅時間は午後9時過ぎと、以前の部活動時より2時間も遅くなり、子どもだけでなく親子ともに勉強時間や睡眠時間が削られる状況に陥っています。
部活動の地域移行に伴う課題を象徴する、練習場へ向かう生徒たちのイメージ
深まる教育格差への懸念
地域移行は、家庭の経済状況や送迎能力による教育機会の格差を広げる可能性も指摘されています。長野県松本市の自営業の女性(48歳)は、小学生と高校生の子どもを持ち、「どうしてもやりたければ考えるが、『ちょっとやってみたい』程度では送迎してまでやらせてあげられないかも」と戸惑いを表明しています。実際、彼女の周囲には、移行に伴い競技そのものをやめてしまった子どももいるとのこと。「お金のない家や送迎できない家は何もできなくなり、教育格差は進むばかり」という懸念は、多くの保護者が抱く共通の認識です。地域クラブへの参加が、経済的・時間的余裕のある家庭の子どもに限定されることで、公教育における機会均等の原則が揺らぎかねません。
地域移行成功への提言:多様な場の確保と子どもの意見尊重
こうした課題に対し、より良い地域移行の形を求める声も上がっています。子どもが中学校で卓球部に所属する松本市の女性会社員(50歳)は、「部活でなくても、子どもだけで放課後すぐに行けて、体を動かせる場所が必要」と、地域における手軽なスポーツ活動の場の確保を提案しています。また、長野県北安曇郡池田町の男性会社員(48歳)は、「勝ちや技術向上を目指す場と、生涯活動の基礎となるような楽しむ場を、良い形で両立できたらいい」と、多様なニーズに応える活動形態の重要性を訴えています。
指導者の立場からも、課題解決に向けた提言が寄せられています。ソフトテニスを指導する女性公務員(54歳)は、「土日は旅費も自腹で大会引率し、平日も仕事を抜けて指導してまた仕事に戻る生活。時間、体力、金銭の面で負担が大きい」と、指導者自身の過大な負担を訴えています。その上で、こうした課題の解決には「教育委員会の主導で、学校、行政、企業、外部コーチが集まってワークショップを行い、地域に合ったクラブチームづくりに向けて動き出すことが必要」との具体的な意見が示されました。これは、地域全体で子どもたちのスポーツ活動を支える仕組みを構築することの必要性を示唆しています。
子どもたちの声に耳を傾ける重要性
地域移行を進める上で、最も重要なのは、活動の主体である子どもたちの意見です。長野県大町市のアルバイトの女性(61歳)は、「子どもたちの意見を大切にしてほしい」と強く訴えかけています。アンケートでは、「生徒の意見が置いてけぼりになっている」「保護者や子どもの意見が反映されることなくクラブ化された」といった声が複数見られ、当事者の思いが十分に考慮されていない現状が浮き彫りになりました。部活動の地域移行を良い形で進めるためには、やはり一番の当事者である子どもたちの思いを優先し、その声を活動の計画や実施に反映させる姿勢が不可欠です。
結論
部活動の地域移行は、日本の教育システムにおいて大きな変革をもたらす試みですが、現状では保護者の経済的・時間的負担増大、地域間の教育格差の拡大、そして子どもたちの意見軽視といった深刻な課題に直面しています。これらの問題は、単に部活動の形態を変えるだけでなく、子どもたちの成長機会、家庭生活、そして地域の教育環境全体に影響を及ぼします。今後、地域移行を真に成功させるためには、多角的な視点から課題を認識し、保護者、指導者、行政、そして何よりも子どもたち自身の声を真摯に聞き、それらを反映した柔軟かつ持続可能な地域クラブ活動のモデルを構築していくことが求められます。
Source: https://news.yahoo.co.jp/articles/712993ef6983d4b9a675ba0e03e4afd3ac059a68