日本のクマ被害、過去最多を更新:『人喰い熊』は新段階へ突入か

日本全国でクマによる人身被害が深刻化しており、今年度の死者数は過去最多を更新しました。ノンフィクション作家である中山茂大氏の分析によると、現代のクマ、特に平成令和期に見られるその行動様式は、これまでとは全く異なる傾向を示し始めています。都市部への出没や人間を捕食する事例が増加する中、クマと人間の共存は新たな課題に直面しています。

記録を更新する全国のクマ被害状況

2024年度、日本におけるクマによる人身被害は憂慮すべき水準に達しています。10月4日付の読売新聞が報じたところによると、全国でのクマによる死者数は過去最悪だった2023年度の6人を上回り、すでに7人に達し過去最多を更新しました。環境省の発表では、4月から9月の間に負傷者を含めた人身被害件数は108件に上っています。

特に本州では、ツキノワグマによる死亡事故が多発しています。岩手県北上市では7月4日、住宅に侵入したツキノワグマが81歳の高齢女性を殺害する事件が発生しました。さらに10月7日には、同市内でキノコ狩りに出かけた男性がクマに襲われ、遺体が激しく食い荒らされるという衝撃的な事態が起きています。加えて10月16日には、同市内の瀬美温泉で従業員男性が行方不明となり、翌17日に遺体で発見され、付近にいたクマが駆除されました。

筆者が過去に何度か報告したように、ツキノワグマが人間を食害する事例は長らく「あり得ない」とされてきました。斉藤基夫氏の著書『くま』(昭和38年、農林出版)には、「福井県下で、あるおばあさんが山菜とりに山に入ってクマにやられて死んだ事件があった。……これが現在知られる限りの、わが国でツキノワグマが人を食った、唯一つの珍らしい事例だということである」と記述されています。しかし、1988年の「山形県戸沢村事件」(3人死亡)や2016年の「秋田県十和利山事件」(4人死亡)など、近年では食害を伴うツキノワグマによる襲撃事件が相次いで発生しており、その行動の変化が顕著です。

一方、北海道ではヒグマによる重大事件が報告されています。7月には福島町で新聞配達中の男性が襲われ命を落とし、8月には知床の羅臼岳を下山中の男性が襲撃され食害される事件が発生しました。これらの事件は、クマの行動パターンが変化していることを強く示唆しています。

北海道斜里町の市街地に出没した親子のヒグマ。日本のクマ被害拡大の象徴北海道斜里町の市街地に出没した親子のヒグマ。日本のクマ被害拡大の象徴

北海道ヒグマの凶悪化と住宅街への進出

筆者がこの夏、北海道福島町を訪れた際、事件現場の光景は非常に衝撃的でした。国道沿いのコンビニエンスストアからわずか100メートルほどの空き地で、周囲には民家が立ち並び、目の前は老人ホームという、ごく普通の住宅街の真ん中で事件は発生したのです。

事件は午前3時頃に発生し、加害ヒグマは被害者の身体をくわえ、付近の草むらに引きずり込んだとされています。襲撃当時、現場の雑草は腰高以上に生い茂っており、捕らえた獲物を安全な場所へ引き込むというヒグマの習性とも一致します。さらに驚くべきことに、事件の4日前から被害男性がヒグマを何度も目撃していたという証言があり、この個体が以前から人間をつけ狙っていた可能性が浮上しました。加えて、4年前に同じ福島町で農作業中の女性が食い殺された事件の加害ヒグマと同一個体であることも判明しました。

これらの事実は、単なる餌を求めた偶発的な出没とは異なる、極めて異質な傾向を示しています。確かに、本州の一部地域では、ツキノワグマがスーパーマーケットに侵入したり(秋田県秋田市・群馬県沼田市)、立体駐車場に居座ったりする事例が報告されています(福島県福島市)。しかし、これらは通常、餌を求めて人里に迷い込んだ結果であり、明確に人間を危害を加える目的で降りてきたわけではありません。

しかし、福島町の事件の加害ヒグマの行動は、これらの事例とは一線を画します。この個体は、明らかに人間を捕食するために山を下り、執拗に被害者を追い回し、ついに住宅街のど真ん中で凶行に及んだのです。

「餌を求める」から「人間を捕食」への変質

現代のクマによる人身被害は、従来の理解を大きく覆す「新しいフェーズ」に突入したと言えるでしょう。ツキノワグマは人間を食らうという新たな習性を体得し、ヒグマは人間を捕食する目的で臆することなく住宅街に出没し始めています。これは、クマと人間との間にあった暗黙の境界線が崩れ、人間が明確な捕食対象として認識され始めた可能性を示唆しています。この行動の変化は、今後の野生動物管理や地域住民の安全対策において、根本的な見直しを迫るものです。

結論

日本のクマによる人身被害は、単なる増加に留まらず、その性質自体が変化していることが明らかになりました。ツキノワグマによる食害の常態化、そしてヒグマが人間を捕食対象として住宅街にまで進出する事例は、「人喰い熊事件」が新たな段階に入ったことを強く示唆しています。これは、従来のクマ対策では対応しきれない、より深刻な脅威であり、専門家による詳細な研究と、地域社会、行政が一体となった早急かつ抜本的な対策が求められています。人間と野生動物の間に新たな緊張が走る中、この変化する脅威にどのように向き合うかが、今後の重要な課題となるでしょう。

参考資料

  • 中山茂大. (2024, October 24). 人喰い熊は「新しいフェーズ」に入った…人里に下りてきて人間を狙うヒグマ、スーパーに侵入するツキノワグマ. PRESIDENT Online. https://president.jp/articles/-/83828
  • 読売新聞. (2024, October 4). 全国クマ死者数、過去最悪更新の7人に…岩手では遺体の一部が食い荒らされるケースも. 読売新聞オンライン.
  • 環境省. クマによる人身被害について. (各種発表資料より参照)
  • 斉藤基夫. (1963). 『くま』. 農林出版.