深刻な過疎に苦しむ自治体を食い物にする「過疎ビジネス」の実態を暴いた『過疎ビジネス』(集英社新書)。河北新報の横山勲記者の調査報道は、菊池寛賞を受賞するなど高く評価されました。今回、著者である横山氏と、開高健ノンフィクション賞受賞作『対馬の海に沈む』の窪田新之助氏が対談。『過疎ビジネス』を切り口に、地方における調査報道のあり方、そして地方自治に巣食う構造的な問題について語り合いました。
菊池寛賞受賞作『過疎ビジネス』の著者、横山勲氏と『対馬の海に沈む』の窪田新之助氏が対談する様子
「被害者」ではない自治体の実態:限界役場と外部コンサルの癒着
横山氏は、自身の著書『過疎ビジネス』が福島県国見町を主な舞台としていると語ります。河北新報の記者として福島総局に在籍中、ある地方創生コンサルタント企業が「企業版ふるさと納税」制度を悪用し、不当な利益を得ようとしていた一連の不正を追及した記事が本書のベースです。しかし、この問題の構図はコンサルタントだけが悪者という単純なものではありませんでした。取材を進める中で、自治体側が必ずしも一方的な「被害者」ではない実態が明らかになったのです。
国見町のような地方の過疎自治体、いわゆる「限界役場」には、地方創生を担う人材が不足しており、多くの業務を外部のコンサルタントに丸投げしてしまう傾向があります。これが不正を生む土壌となっており、官民連携における腐敗の温床となり得ることがつまびらかになりました。最終的に国見町は事業計画を取り消し、不正を認め、当時の町長は次期選挙で落選するという顛末を迎えています。横山氏は、これほどまでに不正が横行していた背景には、地方に記者が減り、地方メディアが弱体化している現状も関係していると指摘し、自戒の念を込めて執筆したと述べました。
記者の「怒り」が暴いた不正の深層:大企業と弁護士事務所からの圧力
窪田氏は『過疎ビジネス』を読み、単なる加害者対被害者の構図に留まらず、「過疎ビジネス」や官民連携の腐敗、地方自治の行方といった構造的な問題に踏み込んでいる点を高く評価しました。特に、著者の横山氏の「怒り」が伝わってくる点が魅力的だと語ります。
横山氏は当初、国見町の「高規格救急車リース事業」が不審であると感じたものの、そこまで「怒っていた」わけではなかったと言います。しかし、記事で名前を出したコンサルタント会社「ワンテーブル」の社長が、横山氏ではなく仙台本社に電話をかけてきたことに不信感を抱きました。さらに、東京の大手弁護士事務所から「訂正しなければ訴える」という内容のFAXが届き、「なめられている」と感じたことから本格的な取材に乗り出すことになったと経緯を明かしました。
窪田氏も、JA(農協)の「自爆営業」問題の取材中に大手弁護士事務所からの「訴えるぞ」という通知を受け取った経験があると語ります。当初は動揺したものの、内容をよく見ると記事の誤りを指摘しているわけではなく、報道を阻止するための牽制球だと気づき、強い憤りを感じたと言います。こうした圧力は、地方における調査報道を阻害する大きな要因となり得ます。
決定的証拠「肉声テープ」の衝撃:民意を動かした情報公開の力
横山氏が最も「怒り」を感じたのは、ワンテーブルの社長と社外関係者との会話を収めた「音源」、通称「肉声テープ」を入手した時でした。テープには、社長が国見町での事業受注前に「企業版ふるさと納税を使えば『超絶いいマネーロンダリング』ができるんだ」と話す内容が記録されていました。事業のスキーム自体は既に記事で報じていたものの、本人の肉声でそれを聞くインパクトは非常に大きかったと言います。
さらに社長は「(小さな自治体の)地方議員は雑魚だから、言うことを聞けっていうのが本音」とも語っていました。漠然と想像していた本音が、建前抜きでぶつけられたことに、横山氏は強い憤りを感じました。社内では音源公開に慎重意見もあったものの、横山氏は国見町民に広く情報を届けるため、自らYouTubeの映像編集を学び、公開に踏み切ります。窪田氏もこの肉声テープの衝撃は大きく、ぜひ多くの人に聞いてもらいたいと述べました。文章で理屈を並べるよりも、「行政機能をぶんどってやる」といった生の声は、不正の本質を雄弁に物語り、国見町民の激しい怒りを引き起こし、最終的に事業計画の撤回へと繋がったのです。
結び
「過疎ビジネス」が浮き彫りにしたのは、地方自治体が抱える人材不足や外部への過度な依存、そしてそれにつけ込む不正コンサルタントの存在、さらにはそうした問題を見過ごしかねない地方メディアの弱体化という多層的な課題です。横山氏と窪田氏の対談は、地方の公金がどのように不正に食い物にされ、その背景にどのような構造的問題があるのかを深く洞察する機会を提供しました。両氏の経験は、困難に直面しながらも真実を追求する調査報道の重要性と、情報公開が民意を動かし、社会を変革する力を持つことを強く示しています。
参考文献:
- Yahoo!ニュース: 「過疎ビジネス」の著者・横山勲氏と窪田新之助氏が語り合う、地方の調査報道のあり方. (2023年11月1日). https://news.yahoo.co.jp/articles/85d634aa5a6f7d019126b9821b1a97501a3e0b5





